スターゲイザー②


  

「この写真、切り取られてる?」

 おじいちゃんとおばあちゃんが手を繋いで微笑む写真のはずだが、何かがおかしい。なんていうか、2人にピントが合ってない。……気がする。いや、合ってはいるんだけど……カメラマンとおじいちゃんたちが遠すぎるからなのかな?

 この写真、立ち姿を引きで撮ってるんだよね。多分、全身が画面に収まるようにしたんだと思う。なのに何で膝下で途切れているんだろう? 初めてこの写真を見つけたときは、写真嫌いのおじいちゃんが写っていることが嬉しくて、特に深く考えないでフォトフレームに入れたものの……。改めて見ると違和感、あるよね。

 というか、私毎日この写真見てたよね? に、鈍すぎない? 注視じゃなくてなんとなく視界に入れてたせい? 拝んではいたけど、1日のうちに1分から2分くらいの時間しか割いてないから、今の今まで気付かなかったんだろうか?

 写真もっとよく見たいので、フォトフレームから取り出してみた。

 うん、やっぱりそうだ、膝下から先が切り取られているんだ。だって、下の白い余白がない。ほら、ポラロイドカメラってあるじゃない。あの写真とデザインが似てる。

 モノクロ写真――おじいちゃんたちが生きていた時代って、写真の四方に白い余白があるのが普通だったみたいだ。令和の今は印刷紙いっぱいに印刷するからその白い余白は生まれない。あえて「フチあり印刷」とか写真を加工したりしてレトロ感を演出する、みたいなのはあるのかもしれないが。

 私は大掃除のときにしまったアルバムを寝室から引っ張り出し、他のモノクロ写真を確認した。
 うん、他の写真はちゃんと四方に余白がある。やっぱりおじいちゃんたちの写真は切り取られているんだ。違和感の正体、これだったのかも。

 でも、一体誰がそんなことを……?

 このアルバムはポケットに入れるタイプではなく、台紙に貼り付けるタイプのアルバムだ。保護フィルムがついてるから、写真は比較的綺麗に保管されている。こんなに大事にしてるのに、何で写真を切り取るなんて真似を……?

 不思議に思いながらアルバムを捲っていく。おじいちゃんの写真以外にも何枚か、切り取られたものがある。誰かと写っていたことは確かなんだけど、どうして? 何か、隠しておかなきゃいけない事情があるの?

 私は背中をぶるりと震わせた。なんか寒気がしてきた。もしかして、心霊系なのかも……? 私、こういうの苦手なんだよ。

 ……はあ、それにしても何で今の今まで気付かなかったんだろう? 大掃除のときに一度このアルバムは開いているはずだけど、あのときは掃除の妨げになるからとすぐに見るのをやめたんだっけ? そこからタイミングを逃して、アルバムはしまいっぱなしになっていた。おじいちゃんの写真の違和感といい、本当私、普段ぼーっとして生きてんの? ちょっと凹むわ……。

 様々な思いが頭の中を渦巻いている。私はアルバムを更に捲っていき――最後から2ページ目のところで手を止めた。

「何これ?」

 これは、七夕飾りを飾るおばあちゃんの写真だ。問題は、右の余白に、小さく文字が書いてある点だ。

『はな江さんへ 全ては7月7日の手紙に』

 はな江とは、おばあちゃんの名前だ。はな江と呼ぶからには、手紙の主はきっと身内だ。親、つまり私から見たらひいおじいちゃんとかひいおばあちゃんの可能性もあるけど……。もしかして、この文字を書いたのは私のおじいちゃんなのでは……?

 仮におじいちゃんが手紙を書いたとして、何でそれを、わざわざこの写真に書いたのだろう? 複数枚の写真が切り取られているのに関係あるのかな?

 おばあちゃんに宛てた手紙、か。気になるな……。

 でもさ、大掃除したときにおばあちゃんの荷物は整理したよ。手紙なんて1つもなかった。ああ、そういえばこのアルバムから短冊が1枚出てきたよね。あれ失くしちゃいけないかと思って、通帳とか大事な物をしまっているところに置いてはいるけれども。
 
『全ては7月7日の手紙に』ってどういうこと? 何でよりによって七夕なの? たなば、――あ。

 この写真は、七夕飾りを飾るおばあちゃんが写っている。もしかして、この写真にヒントがあったりしない? 裏側に何か書いてあったりとか……?

 なんだか胸がドキドキしてきた。宝探しでもしてる気分だ。台紙から写真、剥がしてみよう。うーん、上手く剥がせるかな、これ。

 ネットで綺麗に剥がす方法を調べて実践。ドライヤーを使って、見事おばあちゃんの写真を剥がすことに成功した。よし、裏側を確認してみよう。

「――あった」

 同じ筆跡だ。

『君が大事な物をしまう場所に』

 私は名探偵ではないけれど、その場所は容易に推理できた。

「……仏壇だ」

 思い出した。おばあちゃんは、大事な物を仏壇に入れておく癖があった。あそこにはおじいちゃんとお父さんとお母さんがいる。家族全員がいる場所だから、失くしたくない物を入れておけばきっと見守ってくれる。そう、言っていた。

 あの仏壇は、おばあちゃんが使っていたものだ。おばあちゃんが亡くなったから私はあの仏壇をこのアパートに持ってきたのだ。

 確かにあの仏壇には引き出しがある。でも、そこにはロウソクと線香を仕舞ってあるだけで、手紙も何もなかったはずだ。

 おばあちゃんが手紙を読んだあと別の場所にしまった可能性がある。でも、多分仏壇に隠してると思う。だって、おじいちゃんからの手紙は「大事な物」のはずだから。

 私は仏壇に手を伸ばした。ここまで来たら確かめずにはいられなかった。



「……嘘、あった!?」

 仏壇を隅から隅まで調べた。そうしたら、なんと引き出しの底板の裏(引き出しを丸ごと出してひっくり返してみたら)に白い封筒が貼り付けてあった! 恐らくこれがおじいちゃんの手紙だろう。

 ここまでするなんて……。アルバムの写真といい、この隠し方といい、この手紙に何が一体書かれているというのか。

 私はゴクリと唾を飲み込む。
 知りたいような知りたくないような、矛盾した気持ちが湧き上がってくる。
 だけど、やっぱりここまで来たからには内容を確認してみたいじゃないか。

「……よし」

 私はダンデがするみたいに両頬を軽く叩いて、小さく折り畳まれた紙を広げた。