スターゲイザー④


  

 私は手紙を読み終え、しばらく放心していた。予想外の内容に頭が追いついていかない。

 ――まさか、おじいちゃんが異世界人だったなんて……。

 ダンデと同じくポケモンの世界からトリップしてきた人だったなんて知らなかった……。

「ってことは、おじいちゃんは、ジラーチとフーパの力でこっちの世界に来たってことなの?」

 悪の組織に利用されていた、リングを持ったポケモンって……、もしかしたらフーパなのかもしれない。前にダンデとズシと「ダンデ帰還作戦会議」をやったときに候補に出てきた。

 ちょっと待って。頭混乱してきた。経緯をもう一度整理しよう。

1.おじいちゃんはポケモンがいる世界出身。

2.夢を叶えてもらうためにジラーチを探した。

3.悪の組織とジラーチのことで揉める。

4.悪の組織と戦闘。フーパ登場。追い詰められる。

5.おじいちゃんはジラーチに「違う場所へ逃げたい」と願って逃げようとする。同時にフーパのリングに囚われる。そのせいか空間を飛び越え異世界へ。

6.おばあちゃんに助けられる。ちょうど七夕の時期だった? 写真を撮られてる。ジラーチは短冊を2枚残して眠りにつく。こっちの世界にいるっぽい……?

7.おじいちゃんはおばあちゃんと結婚。私のお母さんが生まれる。おじいちゃんは病気になる。遺書代わりとして手紙を書く。

 ……ってことだよね? 合ってるよね?

 よく考えてみる。これは冗談で、手紙の内容は嘘かもしれないと。
 だけど、だけどさあ……。手紙も写真も用意した、手の込んだ大掛かりな嘘、孫の代までつこうとするかな?

 おじいちゃんは、お母さんが7歳の頃に亡くなっている。その頃はまだポケモンのゲームは誕生していないはずで。ジラーチの情報だってなかったはずで。写真を合成なんて今よりもっと難しいはずで……。

 だから、おじいちゃんの手紙は本物。
 ここには事実が書かれている。
 そうでなければ、おばあちゃんが後生大事に仏壇に仕舞っておくわけがない。

「あ、これ……」

 封筒の中には写真があった。切り取られた写真だ。

 謎の生き物……、いや、ポケモンが写ってる。

 手紙の中に「お星様のような」という一文があったから、多分この子がジラーチだ。

 すぐにスマホでジラーチという単語を入力して画像を確認する。

「あ、……ああ。そのまんまだ……」

 図鑑説明文や概要を確認する。おじいちゃんの手紙の通りだった。

 私は、封筒に入っていた写真の切れ端とアルバムの写真を繋ぎ合わせてみた。……繋ぎ目はぴったりだった。なんだかパズルを完成させた気持ちに似ている。最後のピースが嵌った感じだ。

 仏壇に飾っていた写真には、ジラーチが写っている。

 若いおじいちゃんとおばあちゃん、そしてジラーチ。2人と1匹の集合写真。まるで、家族写真みたいだ。

 完成した写真を前に、私は、ほうっと溜め息をついた。

「ジラーチを隠すために切ったのかな、これ」

 おじいちゃんとおばあちゃん。どちらかが切ったのだろう。
 ……まあ、アルバムにそのまま写真を保存したら「これ何?」って見た人から訊かれるわけで。だから、写真を切り取ったのはしょうがないことだったんだろう。

 おじいちゃんは写真嫌いって聞いてたけど、もしかしたらジラーチが写っていたものが多かったから、安易に見せられなかったのかもしれない。

「そうだ。おじいちゃんは短冊を残したって……」

 短冊。そう、短冊!

 もしかして、掃除のときにアルバムから出てきたあの短冊がジラーチの短冊なの?

 私は通帳を仕舞っている場所から短冊を取り出し、ジラーチの画像と見比べてみる。これ、頭につけてる短冊っぽいよね。色は似ている。形も多分……。

 短冊は1枚残ってる。手紙では2枚という話だったけど、おばあちゃんが使ったのかもしれない。

「フーパという偶然もあったけど、これで世界を渡れる……? あらゆる願い事を叶えるなら、ダンデもこれ使って帰れるんじゃないの?」

 試してみる価値はある。
 そうしたら、そうしたら!

 ダンデは元の世界に帰れる!

 そこで私は……、ダンデが帰る事実に横っ面を張られた。

 急に現実味が増してきた。

 そう、か……。帰っちゃうの、か……。

 そんなの、

「やだ! ダンデが、帰る……なんて……」

 せっかく両想いだって分かったのに。
 好きだって伝えられたのに。
 ダンデが元の世界に帰るなんて、そんな……。

 ずっとここにいてよ!!

「でも、ダンデは元々向こうの世界から来たのに。私のワガママで引き止めるわけには……」

 ダンデには愛すべき家族がいる。
 ガラルの皆が彼を愛している。
 大好きなポケモンがいる。

 世界中が、彼を待っている。

 でも、私も――ダンデが好きで、彼が帰ったらまた私は独りで――でも、いや引き止めるわけには――!

 矛盾した気持ちが交互に湧き上がってきて私を掻き乱す。

 胸が張り裂けてしまいそうだ。

 おばあちゃんが死んだときも深い絶望を味わった。
 もうこれ以上悲しいことは起こらないだろうなって。そう思ってた。
 涙が枯れるほど泣き喚いたっていうのに。

 ああ、今。この瞬間。泣いてしまいそうだ。

「やだ……ずっといてよ……! 大好きなのに……どうして……どうして?」

 どうして、住む世界が違うの?
 どうしても、帰らなきゃダメ?

 違う! 違うの! 帰らなきゃいけない人だって分かってる!! でも、それでも、この事実を受け入れられない。

 私は短冊を手に取って――再び静かに床に置いた。破ってしまいそうになる。せっかくの帰る手段を、この手で台無しにしてしまいそうだ。

 熱いものが込み上げてきて、視界が涙で滲んでいく。ポタポタと雫がフローリングに落ちていく。短冊を濡らしちゃいけない、と私は慌てて頬に伝うそれを拭った。

「違う……違うの……。困るでしょ……。元々は帰るべき人なの。そのはずだったでしょ。好きだけど……こればっかりは、仕方ないじゃない」

 帰らないでと言ったら、ダンデは絶対困る。無理難題を突きつけることになる。

 そんなことしたくない。
 嫌な女になりたくない。

 ああ、もう……。本当、感情なんてなければよかったのに。そうすれば、ダンデを好きになることも、こんなに寂しい思いをしなくてもよかったのに。

 そもそも、ダンデのことを知りたいと思わなければよかった……? 関わらなければよかった……?

 ううん。そんなことは、ない。決してない。
 ダンデと暮らした日々は私の心を照らしてくれた。
 かけがえのないもの。宝物。褪せない思い出。失くしてしまいたくない。

 ねえ、ダンデ。
 好きよ。
 大好きよ。
 だからお願い、

「お願い……、ずっと傍にいて……」

 私を選んで。
 ここにいて。