
嫌いになりたい②
その日、私は「ポケモンソード」のゲームの続きを進めていた。
いい加減、このゲームもクリアしてしまわなければ。
短冊のことを打ち明けるのが嫌で現実逃避してるのもあるけどね……。
ジムチャレンジも終盤。残るバッジはあと2つ。
スパイクタウンのジムリーダーはあくタイプの使い手らしい。
名前は確か、ネズ。
私は公式サイトなどで立ち絵を見ているけど、あくタイプのジムリーダーってジムチャレンジの開会式にも出て来なかったし、ようやくここで登場なんだね。
ええと、ところで。
「ダンデ」
「うん?」
「距離近くない?」
「そうか?」
ソファに座る私の隣にダンデがいるのだけど、なんか、いつもより近い気がするのだ。
「キミの気のせいじゃないか?」
「うーん」
両想いが分かった昨日の今日である。
お互い好きなのだ。恋人になりたいとさえ言われた。
で、肩とか膝とか触れる距離で座っているわけ。
嬉しいけど恥ずかしい。この気持ち、分かって!
「前もこの距離で座っていたじゃないか」
「そうだっけ?」
「ああ。何なら、ズシが遊びに来たときはもっと距離が近かったんだぜ」
「あー」
そういえば、ズシとダンデに挟まれてゲームしたね。ちょうど、4つ目のバッジをゲットするためにナックルシティを経由しなくちゃいけなくて。ゲームに出てきたダンデに「キバナに会うといい」と言われて、キバナ様登場でズシが狂喜乱舞してたね。
「……私の意識が変わったってこと?」
あのときはゲームに夢中でダンデとの距離を全く意識してなかったのかもしれない。
それに、私はあの頃自分の気持ちに蓋をして見ないフリをしていた。ダンデが好きだと気付きたくなくて、鈍感になっていたのかも……?
「そうか。オレのこと、好きになってくれて嬉しいぜ」
私は掌で顔を覆った。どうして彼はこんなに攻めてくるんですか。やめてください本当に死んでしまいます。
「っ、うわ〜〜〜! 異性耐性〜〜!」
お決まりになった台詞を吐いて心を落ち着ける。
ん、待てよ? 異性耐性はしっくり来ないな?
あ……!
「ダンデ耐性だ」
「なんだって?」
「ん、こっちの話! 気にしないで! 私の心の問題なので!」
うん、ダンデ耐性! 今度から私の合言葉はダンデ耐性です。
それはさておいて、ゲームを進めよう。
私の今の手持ちはこうなりました!
・エースバーン
・アーマーガア
・ストリンダー
・ダーテング
・ヌオー
・ユキハミ
バニリッチとユキハミを入れ替えた。実はキルクスに向かう途中の8番道路、湯けむり小道で捕まえていたのだ。キバナ様はドラゴンタイプ使いだし、一応対策としてこおりタイプのバニリッチを育ててきたのだけど、ユキハミの可愛さに勝てず……。泣く泣く入れ替えたのだった。キャンプすると可愛さが余計に際立ってしんどい。あの歩みの遅さに愛おしさすら感じる。
それに、ユキハミはむしタイプでもあるから、あくタイプの対策としてもいいのかなと思う。エースバーンは【にどげり】を覚えているけど、念のためにね。
シャッターが降りてジムチャレンジができないというハプニングがあったものの、マリィちゃんの力を借りて中へ入り、エール団の妨害をくぐり抜け、タウンの最奥へ。
そして、ネズと邂逅した。
「お、おお……」
改めて見ると肌が白い。細い。猫背。奇抜な髪型! 気怠そうな雰囲気!
目元に隈がある。暗そうだな。
そういえば、シンガーソングライターなんだっけ。どんな歌を歌う人なんだろう?
なんて思いつつ会話を進めていたら、
ネズがスタンドマイクを取り出し、名乗った。
『おれは! スパイクタウンジムリーダー!』
『あくタイプポケモンの天才。人呼んで「哀愁のネズ」!!』
『負けると分かっていても挑む愚かなおまえのために』
『ウキウキな仲間と共に行くぜー! スパイクタウン!!』
「は――」
な、なんなんだこの人ー!?
ダメだってー! 悪人面でクールだと思わせといて実は熱いハートの持ち主とかそういうギャップがある人、弱いんだってー!
しかも「ウキウキな仲間」? ウキウキ? そんな可愛い単語を使うんじゃない!
うわやばい。ファンになりそう。沼に落ちそう。推しだ! 推しだ! ポケモンというジャンルで推しができちゃう!!
「どうした、」
私の様子がおかしかったのか、ダンデは私の心配をしている。
あ、まずい。素直に「ネズさん好き」とか言ってみろ。ダンデ、絶対いい気分じゃない。
私のネズさんへの気持ちは「LIKE」の好きだ。今までカブさんやらソニアやら手持ちのポケモンなんかにも好きだの推せるだの言ってきた。でも、ダンデと両想いになったのなら、こういう誤解されそうなことは、もう言わない方がいいだろう。
もしもダンデがアイドルに「あの子好きだな」とか「可愛いな」とか呟いてる姿目撃したら、私、相当凹むもの。嫉妬するかもしれない。だから、このネズさんへの気持ちは思い留めておこう。
ああ、でもダンデってアイドルに興味なさそうだな。ポケモンに相手に褒めてそう。
「ん? んーん。なんでもない! ちょっとネズさんの姿に驚いただけ」
私は慌ててこんな返答をした。
ちなみに、私は推しに敬称をつけるタイプなのだ(例外はキバナ様。ズシのせいだ)。咄嗟だったのでさん付けしてしまった。バレてない? うん、ならいいか……。
「今までのジムリーダーと違って、ちょっとこう、不良っぽい? から? うん」
「ああ、ネズはいつの間にかこういう姿になっていて、オレも驚いたぜ。昔はもう少し違っていたんだよな……」
はあ? 何それ詳しく聞かせてください、という言葉をグッと飲み込んで、私はダンデに笑いかけた。
「そうなんだ? やっぱりあくタイプ使いだからイメージ変えちゃったのかな? なんてね。見ててね、ダンデ。勝つから!」
「ああ。頑張れ」
はい、気持ち切り替えてバトル!
私はネズさんのズルズキンに対してユキハミを繰り出す。
ユキハミ、初めてのジム戦。
スパイクタウンはダイマックスができないジムだ。ダイマックスできないから勝てない、なんてことはない。
タチフサグマの【ブロッキング】とかスカタンクの【ふいうち】【どくどく】に苦戦もしたけれど――私はユキハミやエースバーンで7個目のバッジをゲットしたのだった。
「……やっぱり私も搦め手使おうかな。ストリンダーって【どくどく】覚えるのかな」
状態異常って有利だよねー。【ブロッキング】みたいに攻撃してきた相手の防御を2段階下げるのとかもいいよね。
次はキバナ様相手だし、手持ちの技構成見直してみようかな。
「それも1つの手だな。ネズの戦い方がの今後のバトルの参考になったのなら、よかったんだぜ」
ダンデに頭を撫でられてしまった!
「照れるんだけど……」
「はは、可愛いな」
「可愛くはない……」
「本当に、可愛い」
ダンデの顔が近付いてくる。
「」
あ、あれ? この流れってまさか。
「――いいか?」
「っ、」
何をとは聞けない。悲しいかな、私はこういう空気を読めるタイプの人間だった。
してしまうの? ついに私はダンデとキスをしてしまうの?
まだ恋人じゃないけど!
いいの?
いいんじゃないの?
大丈夫?
歯磨きしてたっけ?
脳内で1人こんなやり取りをしてしまう。
どどど、どうしよう?
キス人生初だよ?
こういうとき、私どうしたら……!!
慌てふためく私をよそに、ダンデはふっと微笑んで、それで――、
あ、なんかちょっと柔らか、
テテテテテレテン! テテテテテレテン!
「てやぁぁっ!!」
「!?」
私はダンデの口を掌に押し当てガードした!!
「電話来たから! 出るね!!」
「……」
ダンデからの恨みがましい視線を無視し、私はスマホを手に取る。ああ、心臓バクバク!
「もしもし?」
『あ、。今いい?』
電話をかけてきたのはズシだった。
声の感じからして慌ててる?
「いいよ、どうしたの?」
『あの! あのさ……、ちょっと看過できないことが起きて』
「看過できないこと?」
一体、何?
『何故か、「ポケモンソード・シールド』のストーリーが進められないって、今ネット上で騒がれてんのよ! ムゲンダイナから先、チャンピオン・ダンデと戦おうとするとエラーが出るんだって』