リザードンと暮らすには


  

「無理を承知でお願いしたい。リザードンを家の中でもボールから出してやりたいんだ!」

 チャンピオンをお休みします、といって早々、ダンデはそんな願いを口にした。多分、チャンピオンとしてのダンデだったら打ち明けなかっただろうワガママ(お願い)だ。

「ボールはポケモンにとって快適な環境だが、窮屈なんだ。そろそろリザードンも限界だ。寝そべられるくらいのスペースが欲しい」

 なるほど、夜間飛行していたのはリザードンのためでもあったらしい。

 確かにずっとこの先ボールの中というわけにもいかない。いつ帰れるか分からないのだ、ゴールの見えない耐久レースをさせるわけにもいかない。だけど、この世界では気軽に出せないもんなあ。見つかったらどうなるんだろう。警察か、自衛隊か、怪しい研究機関か?

 可哀想だよね、ずっと我慢してもらうのも。
 賃貸だけど――だけど――!

「……ダメ、だよな」

 ダンデは成人男性なのに、たまに幼女に見えるんだよね。大きな瞳のせいなのか長い睫毛のせいなのか。分からない。けど、しゅんとされると弱いんだよな、私……。

「――ダンデの大事な相棒だもんね」

 大家さんごめんなさい。本当にごめんなさい。心の中で土下座する。
 腹は決まった!

「出そう! 私の敷金が犠牲になるだけだ!」
! ありがとう!!」
「ばぎゅー!!」

 ボールの中のリザードンもダンデに負けないくらい喜んでいるようだ。

「――とはいえですね。対策はしっかりするよ。まず、カーペットを買う。爪で傷つかないようにね。あとは模様替えして、リザードンが寛げるスペースを作る。まだまだやることあるよ。ダンデ、協力してくれる?」
「もちろん! 何でもやるんだぜ!」

 リザードンと暮らす準備本格的に開始だよ!


***


 ネット通販で防炎カーペットと防炎カーテンを買った。リザードンは尻尾に炎が灯ってるからね、小さくして気を付けてくれるとはいえ、対策はしないと。出費は痛いけど……火事が1番怖いので。必要投資だよね。

「荷物届いたし、早速やるか!」
「任せてくれ!」

 私とダンデは協力して棚やテレビを移動させる。男の人がいるとすごく楽だ。ダンデは鍛えてるから、何でも軽々とひとりで運んでしまう。あ、でも無理しないでほしい。腰は大事だぞ。

 たまに、リザードンが手伝いたそうにボールを揺らしていたけれど、カーペットを全部敷いていないので待ったをかける。床の傷だけは、床の傷だけは何卒……!

 午前中いっぱいでカーペットを敷き詰め、リザードンがリビングのどこに寝転がってもいいように環境を整えた。カーテンも取り替える必要があるけど、とりあえずお昼ご飯にしよう。

「ダンデ、お昼にしよ」
「オーケー。、何が食べたい?」
「簡単な物で……。こういうときこそ、インスタントラーメンでしょ! 買い置きまだあるよね?」
「塩味ならあったぜ」
「それにしよー」

  まあ、でも普通に食べるのは味気ないので、アレンジしたいと思います。

 キッチンへ移動し、お湯を沸かす。その間に材料探しだ。

「ダンデさあ、トマト缶詰どの辺に入れてた?」
「缶詰ならそこの引き出しだぜ」
「お、ここか」

 ダンデは「オレの好きなように整頓した」と言ってたけど、本当に何がどこにあるのか分からなくなっている。キッチンはダンデのテリトリーになってしまった。うん、悪いことではないんだよね。生活に馴染んでくれたみたいで嬉しい。

「ダンデもアレンジラーメン食べる? って言っても、トマト缶入れてチーズかけるとかそんな簡単なヤツなんだけど」
「アレンジ?」
「あ、袋麺のアレンジ食べたことない?」
「ない。興味あるぜ」
「よーし、作りましょう」

 冷蔵庫にあったしめじとベーコンを切って深型のフライパンへ。オリーブオイルで炒めるとよし。
 ダンデが隣で興味津々といった様子でフライパンを覗き込んできた。

「いい香りだな」
「でしょ。このまま食べたいくらいだよね」
「火が通ったらどうするんだ?」
「水とトマト缶と麺と、あとは付属の粉末スープを入れて沸騰させる」

 ニンニクは、すりおろしのチューブのやつを使うことにする。……一緒に住んでると、匂い気になるとか言ってられない。食べたいものを食べられないのは嫌だ。私は遠慮せずにニンニクを食べる女だ。

「あとは説明通りに決まった時間茹でる」

 あー、スープのいい匂いが食欲をそそる……!

「あとは器に盛ってチーズを乗せるだけ。とろけるチーズでもいいし、粉チーズでもいいし……。迷うところだよね」
「パセリもかけるのか?」
「うん。彩りがいいかなと。あとはお好みで胡椒をかけると完成です」

 正直カロリーが気になるんだけど、模様替えして身体動かしてるし、いいよね?

「リザードンの食事の準備をしてくる」
「はーい」

 リザードンの食事は、今も悩みどころではある。極力味付けをしないでお肉を軽く焼いてみたり、リンゴやバナナといった果物を数種類あげてみたり、食パン、白米、魚、野菜……と、現在進行形で試行錯誤している。ポケモンフーズがあれば1番いいんだけど、そんなのないからね。

 リザードンはたくさん食べるけど、こっちに来てからはあまり動かないから食事量はセーブしているらしい(ダンデ談)。ちなみに、リザードンには好き嫌いがないそうだ。

 今回はお肉と野菜。バランスを考えたものになってます。お肉は鶏ササミ。アスリートかな?

 私はラーメンを盛り付け、模様替えしたばかりの部屋へ持っていく。ちょうど、ダンデはリザードンをボールから出したところだった。うん、羽根を広げても物はぶつからない。良かった。リザードンが意外に小さかったのも助かった。天井にぶつからずに済む。170センチだよね。実はダンデの方が大きいみたい。

「食べよー」
「ぎゅあ!」
「リザードン、声は控えめにな」
「ぎゅ、」

 ごめんよ、リザードン。うちはペット不可だから。怪しまれないよう、鳴き声はなるべく出さないようにね……。ごめんね。

「いただきます」

 ズルズルと麺を啜る。――うん、トマトの風味が活きてる。オリーヴオイルとニンニク使って正解。ベーコンの肉汁がスープに溶け込んで味に深みがある。

「チーズまろやかで美味しい」
「うん。いいな、これ!」

 ダンデが「手早く食べられていいな」と喜んでいる。それ、褒め言葉じゃないからね?

「リザードンも美味しい?」

 大皿に入れたお肉を食べるリザードンは、返事の代わりなのか数回瞬きをした。うんうん、鳴き声控えてくれるなんてお利口さんだなー。

「撫でてもいい?」

 リザードンはペロリとお肉をたいらげると、私に鼻先を近付ける。ああ、いいんですね。顎の下を撫でようとすると首を横に振った。え、ダメなの?

「頭を撫でてもいい。そうリザードンは言いたいんだな」

 しょんぼりしていた気持ちがあっという間に回復する。

「えっ、ホントに?」

 リザードンが頭を下げて待っている。ダンデの言う通りだったみたい。嬉しい。頭撫でてもいいくらいには私、リザードンと仲良くなれたってこと? 私はそっと手を伸ばした。

「あ、頭はまた違った感触だ……」

 なでなで、なでなで。うん、この感触癖になってしまいそう。おでこから鼻先にかけて撫でてみる。リザードンは嫌がらなかった。青い目が細められる。……か、

「可愛い」

 リザードンが猫だったなら、今頃喉を鳴らしているのかもしれない。気持ちよさそうにしてる。

「あっちの世界にいるよりは窮屈かもしれないけど、あなたも快適に暮らせるように頑張るね」

 コツンとおでこをぶつけてみる。リザードンは嫌がることなく受け入れてくれた。わあ、嬉しい。懐いてくれてるのかな!?

「ありがとう。リザードン、大好き!」

 瞬間、背後からカランという音がした。

「…………どうしたのダンデ」

 ダンデがフォークを取り落としていた。「ショックです」って顔に貼ってあるな。何だろう、リザードンに大好きと言ったせい? リザードンのこと1番大好きなのはこのオレなのに、みたいな……?

「ごめん。相棒はダンデだって分かってるよ。リザードン可愛いから、つい」
「リザードンは可愛いだけじゃない、カッコイイ! ……が、今はそうじゃなくて……」
「そうじゃなくて?」
「――いや、何でもないんだぜ!」

 ダンデは最終的に笑って誤魔化していた。

「オレも言われたことないのに」とか聞こえた気がするんだけど、一体どういうことなのだろうか。ダンデ自身は可愛いって褒められたことない、って意味? 格好いいは言われ慣れてそうだな……と疑問に思いつつ、私はリザードンとふれあいを続けた。


 この日以来、家に帰るとリザードンとダンデがお出迎えしてくれるようになった。ポケモンと暮らしてる感が前より増して、ちょっとだけ異世界の気分を味わうのだった。