ナイトフライト


 実はリザードンの背に乗って、ナイトフライトを楽しんでいたダンデ。

 確かにね。気持ちは分からなくもないよ。リザードンはずっとボールの中だし。気軽に外に出せるような環境じゃないし。ストレスが溜まるかもしれないと案じるのは分かるよ?

 だけどね、それで風邪ひくのはダメだと思うわ。

「飛ぶなとは言わないけど、防寒対策万全にしてよね。時間も少し短めにさあ……」
「キミの言う通りだ。反省してるぜ」
「それで、リザードンに乗るのは楽しかった?」
「ああ! 楽しかった!」

 うお、眩しい。屈託のない笑顔だ。子どものように無邪気。テストで100点取って「すごいでしょ!」って見せてくれるあの感じだ。

「そっかー。楽しかったなら何よりだよ、ダンデ」
「リザードンの背に乗るのは久しぶりだったから、ついついはしゃいでしまったよ」

 リザードンも文字通り羽根を伸ばして楽しそうだった、とも報告してくれる。

「夜に空見上げる人なんて、なかなかいないからね。見つからなくて良かった」

 しかし、リザードンの背に乗ってナイトフライトかー。

「どんな感じなんだろ、空を飛ぶって」

 何気なく呟いた一言。
 それをダンデの耳はしっかりと拾っていて。

「そうだ! どうせならキミも乗ってみないか」

 いつもの無邪気な笑顔で、ダンデはとんでもないことを言い放った。

「今夜、リザードンに乗って空を飛んでみないか?」
「え?」

 いいの?


***


 結論から言おう。私は「リザードンの背に乗って空を飛ぶ」という誘惑に勝てなかった。
 だって、ポケモンに乗れるんだよ? こんな機会滅多にないでしょ? 8割くらいの人間は、この魅力的な提案を断れないと思う。私は8割側の人間です。

 防寒対策をしっかりして、私たちは外に出た。

「寒っ……」
「今日は冷えるな」
「行き先は公園?」
「ああ」

 というわけで、いつもリザードンを出している公園へ到着。
 ダンデはリザードンをボールから出した。

「話は聞いていたと思うが、いけるか?」

 もちろんだ、と言わんばかりにリザードンは胸を張った。ように見えた。鳴かないのは周りに聞こえるかもしれないから。やっぱり賢いなあ、この子。

「でも、本当に大丈夫? 2人分だよ?」

 リザードンは私の肩に手を近付けて、とんと押した。心配するなということかな。この子がそう言うなら信じよう。

「キミが先に乗ってくれ。オレが後ろから支えるから」
「うん、分かった」

 私が乗りやすいようにリザードンが屈んでくれる。ほのおタイプだから、体温は私たち人間より温かい。

、キミに触れるぜ。驚かないでくれよ」
「はーい……」

 ダンデが断りを入れ、リザードンに乗った。背中越しにダンデの存在を感じる。
 ……リザードンに一緒に乗ろうと誘われた時点で、覚悟はしていたさ。ダンデとめちゃくちゃ密着するってことを。異性耐性ー! 異性耐性ー!

 ダンデとここまで密着したのは初めてではないだろうか。なんか、後ろから抱きしめられてる感じがして恥ずかしい。やっぱりリザードンに乗るのやめた方が良かったかな。でもダンデを意識して断るとかさあ。情けないっていうか、ねえ?

 あ、私と同じシャンプーの香りがする。……ダメだ。これ以上何も考えるな。無心になれ。恥ずかしいとか、もうそんなことを考えたらダメ! でもあったかい。すごい、人の温もりすごい!

「よし、あとは落ちないようにこれを……」
「シーツやタオルを結んでロープのようにするのか。考えつかなかったな」
「だってリザードンに乗るの初めてだし。鞍もないじゃない。落ちたらイヤだから命綱作っておきたくて」

 ダンデは慣れてるからいいかもしれないけど、私は怖いので対策をしておきたい。というか、よく鞍とかつけないでそのまま乗れるよね。あっちの世界だと普通なの?

 私とダンデの身体を縛って、固定。そこからリザードンのお腹にぐるっとシーツで作った命綱を通して――うん、これでなんとか。気休め程度にはなるでしょ。

「よし。頼む、リザードン!」

 ダンデの掛け声でリザードンが翼を広げる。羽ばたきと共に少しずつ地面から足が離れていく。

「わわ、」

 怖くなってリザードンにしがみつく。

、大丈夫か」
「多分」
「安心してくれ。オレがいる」

 ダンデがぽん、と私の頭を撫でる。

「リザードン!」

 次の瞬間、景色が変わった。
 木々や建物は小さくなり、私たちは空に近くなった。
 風が顔に吹き付けてくる。冷たい! 思わず目を瞑ってしまう。

、見えるか」

 ダンデの声が耳をくすぐる。吐息まで感じて、ちょっとくすぐったい。顔、見られてなくて良かった。絶対頬まで赤くなってるわ、これ。

「ん、目を瞑っちゃって」
「開けてみてくれ。今日は天気もいいから、綺麗な景色が見れるんだぜ!」

 弾む声につられて、私は目を開ける。
 飛び込んできたのは、輝く星空。煌めく銀砂、光る真珠。
 月は欠けているけれど、夜空を彩るようにその身を黄金に輝かせている。

「わあ――綺麗!」
「それに、下の景色も負けてない」

 ダンデに促され、私は下を覗き込む。

 眼下に広がるはネオンの輝き。赤、青、黄。様々な光が街を鮮やかに装飾する。遠くに見えるのはこの街のシンボルとなったスカイツリーだ。あ、あっちには東京タワー!

「あれだね、宝石箱ひっくり返したらこんな感じかな」
「いい表現だ! オレも、この街は光で溢れていて綺麗だって思ってたんだ」

 吐く息は白くて肌寒いのに、この綺麗な景色が見れたからどうでもよくなってしまって。

 ああ、私の住んでる所って、こんなに心を震わせるほどに美しいのか。

 人の営みを感じる地上の光と、遥か昔から変わらず照らし続ける天空の光。

 空を飛びながら見られるなんて思わなかった!

「リザードン、ありがとう!」
「ばぎゅあ!!」
「ダンデも! 誘ってくれてありがとう!」

 瞬間、突風が吹き付けリザードンの身体が少し揺れた。

「わ、」
、大丈夫か」
「だ、いじょぶ……」

 ダンデが支えてくれた。……いや、手の位置! そこは私のお腹です!

「ありがとう、ダンデ……支えてくれて」
「どういたしまして。リザードン、少しゆっくり飛んでくれるか? 風が出てきたようだ」

 するするとお腹から手が引かれていく。ダンデの掌の体温が、まだお腹のあたりに残っている。……すごくドキドキする。合言葉は? 異性耐性ー! よし、よし……。

「もう少し飛ぶが、は構わないか?」
「うん。もう少しこの景色を楽しみたい」

 しばらくゆっくりと空を飛び、私たちはナイトフライトを楽しんだのだった。



 家に到着したのは1時間半後。あんなに楽しかったけど、そのくらいしか経ってなかったのか。
 ちょっと小腹が空いたので、スープでも飲もう。ポタージュのやつ。クルトン入ってて美味しいんだよね。

「インスタントスープ買ってたよね、どこだっけ」
「買い置きはそこに入れてるぜ」
「お、ここか。キッチンはすっかりダンデの城になっちゃったね」
「ああ。オレが使いやすいように色々整頓してしまったが……、よかったか?」
「いいよ。今更だよ、そんなの。あ、ダンデも飲むよね」

 ダンデがうなずいたので、スープカップを2つ用意。沸騰したお湯を準備していたカップに注ぎ、スプーンでかき混ぜる。

「はい、これダンデの分」
「ありがとう」
「毎日こんな冬の空を飛ぶんだったら、十分あったかくしないと。体調、本当に気を付けてね」

 あんなに綺麗な景色、毎日見たくなるのは分かるけど。それで風邪ひいてたら世話ないので、程々にしておいてほしい。

「ああ、肝に銘じる。でも、」

 ダンデが私を見て、ニヤリと笑う。

「楽しかっただろう?」
「――うん。とっても満足でした」

 リザードンには、明日辺り高級な牛肉を食べさせたいと思います。

 また乗りたいけど――今度はダンデ抜きでお願いしたい。景色に見とれてたけど、2人乗りはもういい。心臓に悪いので、本当。勘弁して。