
ダンデとリングフィットをする話
「太った」
三が日が終わったある夜のこと。
お風呂から上がってきたダンデが、深刻な顔で呟いた。
「太った……?」
目の前に座ったダンデを、私はしげしげと観察する。
――おかしいな。顔が格好いいくらいしか分からなかったぞ……?
「えー? 別に、初めて会ったときと変わらなくない?」
「そんなことはない!」
力いっぱい否定するダンデの迫力に私は気圧され、「う、うん」と微かに仰け反った。
「今、脱衣所にある体重計に乗ったんだ。今まで見たことがない数字を叩き出していた」
「そ、ソーナノ」
「あんな数字、生まれて初めてだ! オレのベスト体重を遥かにオーバーしている!」
「ソーナノ」
「特に腹と腿が気になるんだ!」
「ソーナノ……」
まるでポケモンのソーナノのような相槌を打ってしまった。
ダンデのベスト体重がどのくらいか知らないけど、その絶望した顔を見るに、かなり深刻な問題なのだろう。なんだか気の毒になってきたな。
「やっぱり、ほぼ家にいるのがダメだったのかもね?」
「そうだな。家事はすぐに終わるし、外に出ると迷うことが多いから家にいることが多いし、トレーニング器具はないし……。極めつけはショウガツでモチを食べ過ぎたことだろうな……」
「ああ……。ダンデ、お餅ハマっちゃったもんね」
思い返せば、ダンデは一度の食事でかなりの量のお餅を食べていたような……。
「くっ、恐ろしいぜ、モチ……! くるみ、きな粉、黒ごま、イソベヤキ! 極めつけはオゾウニ! なんて美味い食べ物なんだ! だが、切りモチ2個分でご飯1杯分と同じ!? キレそうになったオリーヴさんくらい恐ろしい! いや、手持ちのポケモンがほぼひんしのときにキテルグマに遭遇したあの日のような……!?」
「……真面目に悩んでるんだよね?」
若干芝居がかってない? ジョークなのかと思ったじゃん。でも、本人大真面目に頭抱えてるからな……。本当に心の底から悩んでるんだろうな……。
「かくいう私も、お腹周りは最近気になってたんだよね」
試しにお腹を軽くつまんでみた。
おや、この厚みは……?
「……私も体重計乗ってくる」
「ああ、いってらっしゃい」
数分後。私は脱衣所から戻り、静かに炬燵に入った。
「ダンデ」
「うん」
「一緒に痩せよっか」
「ああ」
***
「そういうわけで、ゲームで痩せようと思う」
「何を買ってきたんだ」
「じゃじゃーん。リングフィットアドベンチャー!」
次の日。私は某国民的猫型ロボットの声真似(声優交代前の方です)で、アイテム一式を袋から取り出した。
え、何でそんな声真似したかって? な、なんとなくだよ、なんとなく……。
外でウォーキングでもやろうかと考えたけど、どう考えてもダンデが迷子になるだろうからやめた。彼が(迷いながら)辿り着けるのは駅と近所のスーパーと公園だけだ。
「これは、フィットネスができるゲームなのです! この輪っかを両手に持って、このバンドを太腿に巻きつけてゲームするんだってさ!」
「へぇ……?」
このゲーム、どうやらいくつかのモードがあるらしい。ストーリーを追いながら楽しくやるのもよし、短時間でトレーニングに集中するのもよし、トレーニングメニューをカスタムするのもよし。自分に合ったプレイができるみたいだ。
「ダンデ、やってみようよ」
早速準備をして、ダンデはゲームを始めた。モードは、とりあえずアドベンチャーで。
年齢、体重、普段の運動量の入力から始まり、力の設定、ウォーミングアップと次々こなしていく。
そして始まる、最初のステージ。
ダンデはふぅぅと大きく深呼吸してテレビ画面を凝視する。
その横顔はとても真剣で、もしかしてポケモンバトルするときもそんな感じなのかな、と思ったりする。
「行くぞ!」
「頑張れ!」
そして――15分くらい経っただろうか。ダンデはハァハァと息を切らしていた。
「……結構キツいな。というか、これくらい、前はどうってこと、……なかっ……たの、に……」
「水、水持ってくる!」
思ったより体力が落ちていたことにショックを受けたらしく、ダンデは小休憩を取ったあと、更にプレイを続けた。
1時間経つ頃には、ダンデはすっかり汗だくになっていた。今は大の字で絨毯の上に寝転んでいる。呼吸をする度に大きく胸が上下していた。
「大丈夫?」
「すごく……いい、運動になった……。毎日やろうと思う」
いい笑顔だ。なんか、いつもより爽やかさが3割増って感じだね。……何言ってんだろ自分。
「よかった。じゃあ、今度は私の番ね!」
ダンデには端っこに寄ってもらって。よし、やるぞー!
「んーー!」
「ふっ、はぁ……ちょ、無理無理!」
「あっダメ! これダメ!」
「はっ、はっ、んぅ……ぐ!」
「はぁ……、はぁ……、えっ、まだやるの? ん、……あっ、くぅぅ……っ!」
「やだぁ……、もうダメだって! 無理! これ無理! あ、うぅ……!」
「きゅ、休憩……」
パタリと床に四肢を投げ出す。えーん、無理。普段座り仕事して運動不足の私には、ハードルが高いものだったのでは? でも、この太腿とか二の腕とか腹筋とかにくる感じ……。痩せそうではある。
「明日、絶対筋肉痛だぁ……」
「」
ナメクジのように床を這うしかない私は、首だけをダンデの方に向ける。
あれ、ダンデ。なんか、見たことない顔してる。必死に何かに堪えてる顔してる?
「なぁに……」
「キミはこのゲーム、禁止だ」
「何で!?」
思わず立ち上がってしまった。
「えっ、やだ! 私もやる!」
「大丈夫! キミはそのままでも大丈夫だ!」
「嘘だ! お腹のお肉がヤバいのよ!?」
「じゃあせめて! せめてオレがいないときにやってくれ……」
え、どういうこと?
「何でよ……」
「何でもだ!!」
ダンデが叫ぶ。
「キミが頑張るのはいいことだが……、せめて声を――いや、何でもない。とにかく、オレがいないときに頼む!」
「えー? わ、分かったよ」
すごく必死に訴えてくるじゃん……。
しょうがない、このゲームはダンデがいないときにやるか。一緒に暮らしてる以上、相手が嫌なことはしたくないからね。
後日ズシを呼んでこのゲームをしたのだけど(ダンデはこのゲームをやると知ったら外出した)、「声がエロいわ!」と指摘されてダンデの前でやるなと約束させられてしまった。
全ての事情を察した私は羞恥に襲われ、二度とダンデの前でこのゲームはやらないと心に固く誓ったのだった。