ダンデと乙女ゲーをする話


  

 夕食もお風呂も終えた夜。

 私はソファに座り、スイッチを携帯モードにして、あるゲームをプレイしていた。

『好きだ、俺の恋人になってくれ』

・抱きしめる
・手を握る

 え、ここで選択肢が出るの?

「うーん、ここは……手を握っておきたいけど、このキャラだと……大胆に行くべき? うーーーん、迷うなぁ……。セーブしとく?」
「どうしたんだ?」
「わぁぁっ!?」

 思わず放り投げたスイッチをキャッチしたのは、背後から突然話しかけてきたダンデだった。

「びっっっくりした!! びっっっくりした!!」
「何も2回繰り返さなくても……」
「それくらいびっくりしたの! もう、急に後ろから話しかけないでよ。集中してたんだからさ……」
「それは悪かった。ほら、これ」
「ん、ありがとう」

 私はダンデからスイッチを受け取った。
 さて、続きやるか。

「ところで、何のゲームをやってたんだ?」

 そう訊ねながら、ダンデは私の隣に座る。

「えっ!? あ、乙女ゲームです……」
「おとめげーむ……って何だ?」
「えっと、女性主人公を操作して男性キャラクターとの恋愛を楽しむゲーム、です。絵と音がついた小説……、ノベルゲームみたいなもの? ですかね」

 もともと私は乙女ゲーム――通称乙女ゲーをよくやるオタクだ。今まではスマホのアプリかパソコン版、スイッチ以外のゲーム機で配信されたちょっと昔のタイトルなんかを楽しんでいたのだけど、ポケモンをきっかけにスイッチを買ったので、そこで配信されているゲームもやり始めたのだ。ポケモンも楽しいけど、やっぱり乙女ゲーもやりたくなるんだよね。

 栄養バランスが取れた食事は大事だけど、たまにはファーストフードが食べたくなる――そんな感じに似てる。あくまで私は、の話だけどね!

「へえ、そういうゲームがあるんだな。それで、はどうしてさっきから敬語なんだ?」
「え? いやあ……、ナンデダロウネー」

 気まずいからだよ! 何が悲しくてダンデに乙女ゲーについて説明してるんだろ?

「それ、楽しいのか?」
「楽しいよ? ストーリー泣けるのも多いし、キュンキュンするシーンあるし」
「キュンキュン……?」

 ダンデの口からキュンキュンって単語が出ると思わなかった。ギャップがすごい。あのね、こう言えばいいかな。厳つい見た目のプロレスラーみたいな人が、実はスイーツ好きだったっていう、あのギャップに近いものを感じる。

は、その中に恋人がたくさんいるということか?」
「言い方! でも確かにそうだね。私、三次元には恋人いないし……。攻略してきたキャラは二次元にはたくさんいるよ」

 なんか説明してて悲しくなってきたな。三次元の恋人なんて、高校生以来できたことないよ。だって、三次元では選択肢も好感度も見えないんだから。

「ふむ……」

 ダンデは口元に手を当てて何か考え込んでいる。
 もしかして……。いや、まさか……。

「もしかして、興味ある?」
「ある」

 目をキラキラさせてダンデが答える。

「なあ、ちょっとやらせてくれないか?」
「えっ!? マジで?」

 私、世界中に存在するダンデファンに怒られないかな?
「無敵のチャンピオン様に乙女ゲーさせるなんて!」とか怒られない? 大丈夫? いや、でも断る理由も特にないしなあ?

「女性主人公より男主人公でゲームができる『ギャルゲー』っていうのがあるけど、そっちじゃダメなの」
「そういうのもあるのか? いや、でもキミがやっているものに興味があるから、そのゲームがいい!」
「わ、分かったよ……」

 というわけで、ダンデが乙女ゲーをやることになった。


***


 ダンデに今からやる乙女ゲーについて、簡単に説明しておいた。

 この乙女ゲーは――魔法学校を舞台にした学園モノだ。選択した学科で攻略できるキャラが違う。幼馴染み、生徒会の先輩、部活の後輩、ツンデレ、根暗、ミステリアス、キャラクターの幅が広い。

 話の途中で出てくる選択肢でキャラの好感度を上げて個別ルートに入る。エンドは3種類。トゥルーエンドがこのゲームの目標である。

 ついでに、好きなキャラクターも教えろとせがまれたので教えた。幼馴染みと生徒会の先輩と、主人公のクラスの担任の先生です……。

 さて、ゲームをする前にちょっと困ったことが。

 ダンデは文字を学んできたけど、すんなり読めないものもある。

 大抵の乙女ゲーはフルボイスだから攻略対象の台詞は文字を読む必要がないのだけど、地の文――つまり、プレイヤーの分身となる女性主人公の気持ちは声優がいないわけで……。地の文だけは私が読んであげることになった。

「なにこの羞恥プレイ」
「なあ、! さっそく始まったぜ!」
「うん、読むね……」

 若干遠い目になりつつ、私はダンデのために地の文を読み上げる。棒読みなのは勘弁してほしい。

「ところで、ダンデは誰を攻略するつもり?」
「そうだな……。幼馴染みの彼はどうだろうか。さっき教えてくれたじゃないか。キミが好きなキャラは彼だったよな。どんな奴か気になるんだ」

 確かに、この幼馴染みは私の推しだ。他のキャラには人当たりがいいのに、主人公だけには素直じゃないところがいいんだよね〜。

「いいね、この子を選ぶとはお目が高い! えっとね、この子のルートに入るには――」
「いや、オレが自力で頑張る!」
「え、でも……」
「ヒントもいらないぜ! 自力でやってみたいんだ!」

 ダンデって、どうしてそんなに何でも全力で挑むんだろう。それも、すごく楽しそうに。好奇心いっぱいの子どもみたいな感じで、可愛いんだよなあ……。ポケモンとふれあうときもこんな感じなのかな。ダンデの横顔を眺めながら、そんなことを考える。

 チャンピオンのダンデもこんな顔をするのだろうか。プライベートの素の姿なんか見せたら、女性ファンは放っておかないだろうなあ。

 ま、見た目がいいからな……。いや、ダンデの魅力は見た目だけじゃない。それはもちろん分かってるよ……。

「なあ、。やはり女性はこうされると嬉しいものなのか」
「えっ!?」

 ダンデがこっちを見ている。私は慌てて姿勢を正した。

「ごめん。もう1回言って」
「この頭を撫でられるシーン。やはり、誰でも嬉しいものなのか?」
「あー。追試合格して『よくやったな』って褒めてもらったところか」

 主人公ひとりだけ箒に乗れなくて、追試になったんだよね。幼馴染みが助けてくれて、3日間猛特訓。追試は合格。頭を撫でて褒めてくれるのだ。

「1番キュンとするのは、主人公に異性として見られたいのに全然アプローチが上手くいかなくて空回りしてるところなのよね。恐らく小さい頃からしてもらっていたであろう、頭を撫でる行為。ここで主人公が初めて『今までとなんか違う……。どうしてドキドキするんだろう……』と幼馴染みから異性への気持ちに変化するシーン……。狙った行動より無意識の行動が主人公には効くなんて……はあ……いいわあ……」
、悪い。キミの言ってることがまったく理解できない……」
「大丈夫。ダンデは初心者だし、理解できると思ってなかった」

 ごめん、オタクは好きな物の前では長文早口になるから。
 あ、そうだ。質問の答え。

「頭を撫でられたら嬉しいのかってやつ。やっぱり人によるんじゃないかなあ……と、思う。好きな人からなら、嬉しいんじゃない? 逆に、初対面の人とか1ミリも興味ない人から頭撫でられたら嫌悪感しかないよ」
「この主人公は幼馴染みのことが好きだから、嬉しいと。そう、思っているということでいいのか?」
「そうそう」
「じゃあ、試しにオレの頭を撫でてもらっていいか?」
「は?」

 私はフリーズした。「Ctrlキー」と「Altキー」と「Deleteキー」を押してタスクマネージャー起動しなきゃ。ちょっと自分の脳内が今どうなってるのか確認したくなってきたわ、ホントに。なんかタスク複数起動してたっけー、なんてね。現実逃避したくなったわ。

「な、なななな……えっ? 何で?」
「ん? だって、前に言っただろ。オレ、キミのこと好きだって」
「――あ、あー!」

 うん、言ってたね。ゲームで3つ目のバッジをゲットした、あの日ね。

「ホップかソニアに撫でてもらうのもいいが、今2人はここにいないし、じゃあキミに撫でてもらおうと思ってな!」
「お、おう……」

 親愛の意味での好き。ポケモンが好き。犬猫、ペットに言うような好き。そうだと分かってるけど、改めてその単語をダンデの口から聞くと死にそうなくらい恥ずかしくなるなあ……。

「この主人公の気持ちをもっと詳しく知りたいから! 頼む!」
「わ、分かったよー! だからって頭差し出してこっちに乗り出すのやめてくれー!」

 私は覚悟を決めた。よし、ダンデの頭、撫でるぞ……!

「よ、よしよし……。よくやったね!」

 うーわ、声が震えるよー! とんだ羞恥プレイだよ!

 あ、すごい。髪の毛触っちゃった。どど、どうしよ。撫でればいいんだよね? くっ、リザードンを撫でたときを思い出せ! 今だけポケモンを撫でてると思え! 唸れ、私の想像力……!

「――っ! もうおしまい! いいでしょ! これで! いいでしょ!!」

 1分は撫でていたと思う。私は耐えきれなくなってパッと手を離した。

「ど、どう? 主人公の気持ち分かった?」
「……」
「ダ、ダンデ……?」

 返事がこない。もう一度問いかけると、ようやくダンデは顔を上げて、にかっと歯を見せて笑った。

「そうか! こんな気持ちか!」

 気のせいだろうか、ダンデの頬っぺた、ちょっと赤くなってる?

「ダンデー?」
「確かに嬉しいな! 、付き合ってくれてありがとう! オレはリザードンと、いつもの夜間飛行に行ってくる!」
「えっ!? あ、うん。いってらっしゃい……?」
「いってきます!」

 ダンデはダウンジャケットを引っ掴むと、何かに急かされるようにアパートを出て行った。

「えーと……」

 そういえば、ネットでこんなものを見かけたことがある。
「背の高い男性は頭を撫でられ慣れていないから、頭を撫でられると効果的」だと。

 ネットの情報は100パーセント信用しちゃいけない、そう思ってはいるけれど……。ダンデのさっきの態度から考えるに、あながち間違ってはいないのかも……?

「え……ダンデ、実は照れてたり、してた?」

 ナニソレチョットカワイイ……。

 そっか、恥ずかしくなったのは私だけじゃなかったんだ……?

 私は小さくガッツポーズをした。




 ちなみに、ダンデは乙女ゲーが気に入ったのか、たまにプレイしているみたいだ。この間、幼馴染みを攻略したと報告があった。次は生徒会の先輩を攻略したいんだって。何で、私の好きなキャラを真っ先に攻略しようとするんだろうか。

 ダンデはいつもの太陽スマイルで「日本語の勉強になる!」と言ってたけど、その楽しみ方、なんか間違ってると思うよ。