「デートってこんな感じかなと思って」③


 キバナとが行動を共にしておよそ2時間が経過していた。

 テレビで放送された店、SNSで評価がいい店、キバナがいつも利用している店、が前から気になっていた店などあちこちを渡り歩いたが、プレゼントは決まらず仕舞い。が納得するものは見つかっていない。

 3軒目の店から出たところで、はキバナに謝罪した。

「申し訳ありません、キバナ様。付き合っていただいているのに、このままでは何も買えずに終わってしまいます」

 はしょんぼりと肩を落とした。

「やはりここで解散しませんか? せっかくの休日ですのに、キバナ様の時間をいたずらに消費してしまいます」
「いや! 気にするな、オレ様のことは!」
「でも……」

 キバナはもちろん、ここで解散するつもりはない。が誰にプレゼントを贈ろうとしているのか突き止めたいからだ。

は頑固なところがあるよな。かといって強引にに付きまとうのも……ん?)

 甘い香りがして、キバナはとある店の前で足を止めた。

「パフュームの専門店、か」

 店内にはデザイン性に富んだパフュームボトルが並べられている。女性ウケが良さそうだな、とキバナは思った。

「気になりますか、キバナ様」
「ん? ああ、まあな?」
「どうやら最近オープンした、オイルパフューム専門店のようです」

 いつの間に貰ってきたのか、の手には店のパンフレットが握られていた。

「アルコールと水を一切使っていないので、発揮性が低いのだとか。何時間も優しい香りが香るみたいですね。ポケモンにも優しい調合なので、安心して使えるそうですよ」
「へえ。それはありがたいよな」
「“うしおのおこう”などの技術を応用などとありますね」

 心なしかの目が輝いている。

「入ってみるか?」
「キバナ様も気になっているのでしたら、是非!」

 も乗り気であったので、2人はオイルパフューム専門店を見て回ることにした。

 店内にはフラスコやビーカーなどがインテリアとして置かれており、試香用のパフュームボトルが何十本と並んでいた。壁にはドライフラワーが吊るされている。壁紙はくさタイプのポケモンを模した植物模様。オーガニックなど、自然派を全面に押し出したいのだろう。

 店内をぐるりと見渡したキバナは、カップルがやけに多いことに気付く。恋人へのプレゼント目的の客が多いのかもしれない。

 はパフュームボトルの美麗さにキャッキャッとはしゃぐカップルに目もくれず、店の奥へずんずんと進んでいく。キバナも泰然自若とした様で彼女の後を追うが、内心悶々としていた。

(オレさまともそう見えたりするのか? いや。自惚れるな、キバナよ。別にのことは何とも――って、こう考えること自体が意識してますって感じで……。あー、待て落ち着け。落ち着けよ、オレさま。思春期真っ盛りのティーンじゃあるまいし)

 必死に自身を落ち着かせるキバナ。しかし、

「そういえば、私たちもデートしているように見えるのかしら……」
「んっ!?」

 が急にそんなことを言うものだから一瞬固まってしまった。

「きゅ、急にどうしたー? ー?」
「すみません! その……今まで恋人がいなかったものですから、デートなどそういったものには無縁だったのです」

 どうやらも、店内のカップルに少なからず思うところがあったらしい。

「だから、デートってこんな感じかなと思って……」
「ふ、ふーん? そ、そうか。そうかあ……?」

 思わずしどろもどろになるキバナ。フォローの言葉がすぐに出てこない己を恨む。

「って、お付き合いしているわけでもないのにこんなこと言うのもおかしな話ですよね。すみません、ご不快な思いをさせてしまって」
「いや、不快ではない! 不快ではないが、でもほら、アレだろ。男女が出かけているからって何でもかんでもデートに結びつけるのは、よくない、だろ……? オレさまだから良かったものの。これが他の男だったら勘違いが発生するぞ」
「確かにそう、ですね。今日の私とキバナ様は、プレゼント選びに来た部下と上司の関係ですし……」
「っぐ……。ウン、ソウダナー」

 ああ、これは全然意識されていないな。キバナは数秒前の自分の発言を恨んだ。

(おいおい。今のはにオレさまのことを意識してもらうチャンスだったじゃないか! いや違う。違うだろ、キバナ……。だからオレさまは別にのことはどうとも思ってないわけで……)

 複雑な気持ちを抱えるキバナをよそに、は試香紙の匂いを嗅いでいた。

「キバナ様、これいい匂いですよ。あら、キバナ様ー?」

 自分だけ色々考えているのが馬鹿馬鹿しくなってきた。どうやらデート発言を気にしているのはキバナだけのようだ。

「ああ、悪い。考え事してた。それで、どれがいい匂いだって?」

 が可愛らしいので、一旦諸々の問題は置いておくことにする。

「これです。ちょっと嗅いでみてください。……ね? まるで森の中にいるみたいですよね」
「分かる。くさタイプのポケモンの近くにいるとこういう匂いするよな」
「ふふ、たしかに」
「こっちはオレさまが今付けている香りに近いな」
「言われてみれば……?」

 途中、店員からオイルパフュームについての説明や香りの解説を聞きながら、キバナとは店内をじっくり見て(嗅いで)回った。

 特にが関心を示したのはパフュームボトルだった。

「それ気に入ったのか?」
「ええ。インテリアに良さそうだと思いまして」

 さっきから熱い視線を注いでいるのは、ホウエン地方の火山灰で作られたというスティック付きのパフュームボトルだ。切子細工が施された雫型のボトルで、縁には金があしらわれてている。蓋はとりポケモンの羽のようにツンと尖っていた。

「素敵ですよね。でも……」

 はそれを手に取ってじっくり眺めたあと、そっと元の場所に戻してしまった。

「買わないのか?」
「良いんです。今日はプレゼントを買いに来たんですから。私の物は、また今度にします」
「そうだったよな」

 の目的は例の「顔見知りの男」へのプレゼント選びだ。

(ついでに自分用の物を買っても罰は当たらないと思うけどな。真面目だな、は)

 名残惜しそうにその場から離れるにキバナはついていく。

 しっかそのパフュームボトルを目に焼き付けて。



「お、この香り良いな。これ、結構好きだ」

 一方、キバナが興味を示したのはベースにシナモンリーフやビアーのみなどが使われたオイルパフュームだった。トップノートにオレンジやライムといった柑橘系の香りが爽やかに漂う。

「キバナ様こそ買われないんですか、そのパフューム」
「オレさまのポケモンたちがこの香りを気に入るかどうか分からないんだよな」

 昔、ファンから貰った練りパフュームを試しに付けてみたところ、ヌメルゴンが異様にキバナに擦り寄り、身体の粘液を擦りつけ、しまいには【ハイドロポンプ】を浴びせたことがあったのだ。恐らく香りが気に入らなかったのだろう。

 といったことを、キバナはへ簡潔に説明した。

「そんな出来事があったから、ポケモンの五感を刺激するもの――特に嗅覚に関するものは慎重に選ぶようにしているんだ」
「まあ、そんなことが……」

 は口に手を当てた。

「一緒に暮らす子たちですもの、あまり嫌な思いはさせたくないですね」
「そうなんだよな。オレさまが良くてもポケモンたちが不快になるのはダメだろ? あー、逆もまた然り。オレさまが我慢して生活に何らかの支障をきたすのもダメだ」
「よく考えていらっしゃるんですね」

 さすがです、とは深くうなずく。

「私のポケモンたちはその辺りを気にしないんですよね。よくアロマやお香を焚いていたせいか、慣れているのかも。逆に音には敏感なので、住まい探しには苦労しました」
「へえ。そういうパターンもあるのか」
「私、実はゴニョニョと暮らしていまして」
「確かホウエン地方のポケモンだよな」
「ええ。特に音には敏感でして」

 そこから大いに会話が弾んだ。

 のガードが珍しく緩んでいるせいなのか、時折、彼女のプライベートが垣間見えることもあった。キバナの冗談に口元を押さえて笑う姿にはいじらしささえ覚える。

 最近耳かきがブームなのだと話すの横顔を眺めながら、キバナは胸の高鳴りを感じていた。

(こういう感じ久しぶりだな)

 キバナはそのルックスの良さとマメな性格、更にはポケモン勝負時の荒々しい態度というギャップもあってか、昔からよくモテた。恋人が途切れたことはない(ここ数年は妥当ダンデ、最近は妥当ユウリに燃えているためフリーなのだが)。

 そして、キバナは自ら告白するより告白される方が多かった。「付き合おう」と言われたらよっぽどのことがない限り付き合うことにしている。恋人になったなら、きっと自分も相手のことを好きになると信じて。

 初恋は経験済み。恋愛と親愛の違いくらい理解している。

 だから、を好きになりかけている自分がいることに気が付いてしまう。

(だが、きっかけがの声に似ているってのは、なしじゃないか?)

 なしだよなあ、とキバナは己を諌める。単純にも程がある。目の前にいると配信者のを重ねてはいけない。双方に失礼だ。

(それになあ、キバナよ。の声以外は好みから外れてるだろ。あ、だけどすっぴんは好……落ち着けよ)

 心の中で百面相をしながら、キバナはと会話を続けたのだった。