私はいつでも正気です!④
――神は乗り越えられない者に試練を与えない。
それは、私が前世で聞いた格言(?)だったように思う。
誰が言ったのかは忘れてしまった。言い回し自体も間違ってるかもしれない。でも、この言葉は心の奥底、いや、魂に残っていたようで。こうしてするりと出てきてしまった。
ウォロは、ポカンと口を開けて、露わになっている右目を微かに見開いている。
「それは一体どういう意味ですか」
気のせいだろうか。小さじ一杯程度の興味が含まれているような声色だ。
「意味も何もそのままですよ。どうして悲しい目にあうのか。どうして辛い目にあうのか。どうして自分だけに困難が立ち塞がるのか。それは神様が与えた試練らしいです」
つまり、
「例えばこのグレッグルが色違いで生まれて、オヤブンから群れを追放されたのは、神様が『この子なら乗り越えられる』と思って与えた試練なんですよ」
生憎、私の前世は日本人というやつで。信心深い人間ではなかったような気がする。そもそも日本が宗教のいいとこ取りしてたっていうか。正月もやれば盆もやるしクリスマスもやるしハロウィンもやるし?
私も都合のいいときだけ神頼みしてたかも。受験とか就職とか。
神様仏様〜〜って。祈ってたっけ?
前世の私は神様が本当にいるとは思ってなかったな。
でもさ、この世界では神様の――もっと詳しく言うなら、神と呼ばれるポケモンの存在は明言されているわけだ。
それに、ウォロはアルセウスの存在を信じてる。
私もアルセウスは実際にいることを知っている。
主人公に「全てのポケモンに出会え」ってお告げもしてるしさ。
だから、この言葉、嘘じゃないと思うんだよね。
「乗り越えられる……?」
ウォロが呆然と聞き返す。
「そうだといいなって感じです。ひとつの考え。長い人生の生き方のひとつ。おばあちゃんの知恵袋。先達の助言です」
意味が分からないとウォロは首を振った。
「そもそも先達とは?」
それは私のことです。
こちとら人生2回目の女やぞと言おうとしたらカイリキーの鳴き声が出た。
ちょっと〜。アルセウス~。私泣いちゃうじゃん~。
これもネタバレなの? 私に与えられた試練、ネタバレ規制なの? やたらと厳しくないですか?
えー、シリアスが「シリアスかっこ笑い」になっちまったじゃん? 私は肝心なときに決められない女になってない?
私は咳払いをした。
「コホン。というか、そういう風に考えると、人生結構上手くいくと思うんですよね。神様は私たちを見守ってくださっているんだなーって」
私はグレッグルに向かって手を伸ばす。
「というわけで、今までの苦労は私という素晴らしい人間に出会うまでの布石だとお思いなさいな! ね、グレッグル。私の手持ちにならない?」
「!」
グレッグルはピョンとその場で飛び跳ねた。
「私たちを助けてくれてありがとう。お前は命の恩人だよ。それでさ、群れから追い出されてひとりぼっちなら、私と一緒に暮らさない? 一緒にオヤブンに追いかけられた仲だしさ。それにお前、私たちには最初から妙に懐いてたし」
ひとりぼっちは寂しいよな。……ってこの台詞も前世で聞いたような。
「大丈夫、食べるのにも困らないし、仲間もいるし――おっと」
どうかな、という前にグレッグルが胸に飛び込んできた!
「ンー!!」
「お前が色違いだろうと何だろうと、私はお前を大事にする。傍にいる。私の命が続く限り」
「チョッゲプリィ!!」
「ああ、はいはい。トゲまるも、もちろん忘れてないよ」
グレッグルとトゲまる。2匹を胸抱いて私は笑う。
「そうだ、私の手持ちになるならニックネームつけないとね! 何がいいかな? 何だろう。グレのすけ?」
「……後輩さんのセンスは独特ですよね」
あ、ウォロがいつも通りな感じだ。
んー。でも、なんか機嫌よさげ?
「センス独特っすかね?」
「考え直した方がいいみたいですよ。そのグレッグル、名前が気に入らないようです」
「え」
ホントだ。私の腕叩いて抗議している。
「グレっち」
「ンンー!」
「ダメ? グル太」
「ンンー!」
「これもダメ? ぐっちゃん」
「ンン……」
「れっちゃん」
「ンンン……」
「あ、迷ってる。今までのよりはいいのか。……もしかして、メス?」
「ヒャヒャ!!」
「あ、メスなんだ!?」
そっか、お前はメスのグレッグルだったのか!
「じゃあ女の子っぽいのがいいかも。んーと」
グレッグルをじいっと見つめる。
目つき悪いけどそこが愛嬌あるしなあ……?
……んー?
「あ――レディー!」
そうだ、レディー!
「他所の国の言葉で淑女って意味だよ」
「!!」
グレッグルが目を輝かせている気がする。お、気に入った!?
「じゃあ今日からお前はレディー。私のグレッグルだよ。よろしくね!」
――ここだけの話。まあ実はちょっとグレッグルって不良っぽいイメージがあって(目つきはジト目? なんか、気怠い感じがする)しかも、どく・かくとうタイプじゃん? 前世でいう「レディース」っぽいから「レディー」にしたんだよね。
って正直に打ち明けたら【どくづき】くらいそうだから内緒にしとこ!
ボールは今手元にない。コンゴウ集落にいるはずのイチョウ商会の人たちと合流してからにしよう!
「ウォロ先パイ! 私、2匹目ゲットしました!!」
「おめでとうございます、後輩さん」
パチパチとウォロが拍手をしながらお祝いしてくれた。
「やっぱりあなたは――」
「? なんて?」
焚火と拍手の音で後半が聞き取れなかった。
「いいえ、何でも」
「そっすか」
何でもないならいいか……?
ウォロ、機嫌いいし。さっきの凍えそうな目つきは消えてるし。
主人公の召喚フラグ――ギラティナと手を組むのは回避できたんかな?
と、トゲまるとレディーを撫でながらそんなことを思うのだった。
――今にして思えば、余計なフラグをここで立てていたのかもしれない。
うん、ホント、興味を私自身に向けさせるってことがどういうことなのか、ちゃんと考えたらよかった。