私はいつでも正気です!⑤
洞窟の外は完全に夜になっていた。
ウォロと話し合い、明朝にここを発つことした。夜はゴーストタイプポケモンがいて色々大変だからだ。消えたと思ったら背後から技出してくるからなあ、あいつら……。
灯りもないし、現在位置も分からない。暗闇を闇雲に進むのは危険だ。
そして、問題がもうひとつ。
「へーっくしょい!! ううう、寒い……服が濡れてきもちわる……」
そう、未だに全身びしょ濡れ。焚き火に当たっていても一向に服が乾く気配がない。寒い。服に体温奪われていってんのかな……。
「寒いですね。木材を足したいところですが……」
ウォロがちらりとグレッグル改めレディーを見やる。レディーはふるふると首を横に振った。
「そうですか、木材はもうないんですね」
「手持ちにほのおタイプがいたらなあ」
ポニータとかガーディとか、ほのおタイプ技出せるポケモンがいたら、もうちょいあったかくなってたのかね。
「朝まで持つかな、これ」
「難しいですね」
ウォロは険しい顔をしている。
「今更外には出られませんね」
「絶対ポケモンにやられて今度こそお陀仏ですねっくしょん!!」
私のクシャミが洞窟内に木霊する。
「うっへぇ……さむ……」
「大丈夫ですか?」
ウォロに心配されてしまった。
「いや大丈夫じゃないかも」
二の腕を擦って、火で焦げないギリギリを攻める。うう、歯がガチガチいってる〜! 冬じゃないのにマジで寒い! 下手したら死ぬのでは? ほら、あるじゃん。なんだっけあれ。あ、低体温症? そんなんになったらヤバいんじゃない?
「先パイは寒くないんですか?」
「寒いですよ。どこもかしこも濡れてるので」
ほら、とウォロが袖を捲った。わあ、ご立派な鳥肌〜!
「どうしよ……」
トゲまるとレディーを抱き寄せる。少しでも暖かくなればと思ったが、暖簾に腕押しってやつだった。全然あったまらん。
服を脱いで乾かせば、今よりマシになるかな。んー、でも商会の服はツナギだからなあ。脱いだらほぼ全裸だよ。私ひとりなら迷わずそうするけど……。
ちらりとウォロを見る。うーん、ウォロは男だからな〜。いや、顔だけ見れば女……。なにせ、未来のヒスイ、もといシンオウ地方ポケモンチャンピオンに顔そっくりだし。うん、顔だけ見れば女性……綺麗な顔してんなー。いや暗示かけても無理だな。うん。
「命の危機をとるか、羞恥をとるか」
「はい?」
ウォロが聞き返す。
「どうしました?」
「ウォロ先パイ、知ってますか。雪山で遭難した際は、裸で抱き合い、お互いの体温で温め合うという方法があるんですよ」
「…………はい?」
ウォロが一時停止の動画みたいに固まった。瞬きすらしない。ちょっと面白いな。
「――後輩さん、すみません。もう一度いいですか? どうやらジブンの聴覚が一時的に低下したみたいです。裸で抱き合い、お互いの体温で温め合うとか何とか聞こえたような?」
「合ってます合ってます」
「正気ですか後輩さん?」
「私はいつでも正気です!」
失敬な! こちとらいつでも真剣だぜ!?
ウォロは珍しく焦っているようだ。
「後輩さん、ジブンの記憶に間違いがなければ、アナタは女性だったのでは?」
「はい。でも、私、ウォロ先パイなら大丈夫です。一肌脱ぎます! あ、比喩ではないですね、この場合!」
「ちょっと待ってください。さすがにそれは……」
私は胸を張った。
「大丈夫です! とりあえず上半身だけ脱いで温め合えば、火が小さくなっても乗り越えられるんじゃないかなと!」
「そもそもここは雪山ではないですよね? <純白の凍土>でやってください!」
「でもなんか今冬並みの寒さだし、今が実行のとき!」
ウォロにコレっぽっちも異性へ向ける好意はない。商会の先パイ。騒動の黒幕。遺跡好きのお兄さん。興味に一直線のしょうがないヤツ。
それらを加味して、まあ、色々思うところはあるけど。
私、この人に死んでほしいわけじゃないんだよ。
ただ、ギラティナと手を組んで裂け目作らないでほしいだけ!
「後輩さん、恥ずかしくないんですか?」
「ウォロ先パイに裸見られたら恥ずかしいですよ、もちろん! でも死ぬよりはいいです。ここで凍え死ぬよりいっときの恥を取ります!」
抱っこしていたトゲまるとレディーを地面に降ろし、私はウォロに近寄る。
「さあさあ、ウォロ先パイ。生きのびるために脱いでください」
両手の指をわきわきと動かす。
ひくり、とウォロの頬が引きつった。
「遠慮しておきます」
「え、凍え死んでいいんですか!?」
「よくはないです」
「じゃあ脱いで」
「嫌です」
「じゃあこんな可愛い後輩が寒さで死んでもいいと!?」
「えっ後輩さんが可愛い?」
「そこ聞き返すな!」
なんかイラッとしたので、私はウォロの服を掴んだ。ホントは襟を掴みたかったけど、お互い立ってたから無理だった。引き寄せ――られない! 身長差! 体格差! 力の差!
「先パイ」
「はい」
私はウォロの片目をじっっくり見て言った。
「先パイの! 先パイのおおおおお!!! 意気地なし!」
「……」
「こんなとこでくたばってたまるかってんですよ! 下手したら死ぬんですよ! 腹括ってください! 私は夢叶えてから死にたいんです!!」
ここで凍え死ぬとか勘弁。
私、まだ死にたくない!
2度目の人生はもうちょい長生きしたいんだが!
「ウォロ先パイにはないんですか、夢。あるでしょう? そのためにはまず、生きなきゃ。命大事に! いっときの恥ずかしさがなんだってんですか!!」
私もギンナンさんみたいに自分の商会を立ち上げるんだ!
ポケモンのいるこの世界で!!
「だーいじょーぶですって! 後から『セクハラだー!』なんて訴えませんから! なんなんですか、もしや異性に興味あるんですか? アルセウス狂信者バリバリダーはアルセウスモエルーワにしか興味ないでしょどうせ。人間の女性に対して性欲とかあります?」
はいまた規制入りました! ゼクロムとレシラムはヒスイにいないだろアルセウス!!
「また鳴き真似を……。意味は分かりませんがアナタがジブンをバカにしているのは伝わってきました」
「バカにはしてないですー!」
私はべーっと舌を出す。
「ったく……。おら、さっさと脱ぐんだよ!」
「ちょっと後輩さん、」
服を脱がせようとする私とそれを阻止しようとするウォロとで揉み合いになる。
手を掴んだり引き離したり前進したり後退したり、といった攻防戦が繰り広げられる。
「ジブンは絶対脱ぎませんよ!」
「脱いでください! 暖を取るんです!」
「他に方法があるでしょう?」
「ええい往生際の悪い――っとととおおお!?」
「! 後輩さん、……っ!」
急に前のめりに倒れていく私。「チョッゲ」という鳴き声がしたので、足元を確認。――あ、うちのトゲまるが私のとこにいたのか。喧嘩仲裁でもしたかったのか? なるほど? トゲまるに私は躓いたってわけね?
「わぷっ!」
鼻ぶつけた! 痛い! 何か固いものに受け止められた。
湿ってるけど暖かい……。
「大丈夫ですか」
「ウォロ先パイありがとうございます」
そっか、ウォロが受け止めてくれたんだ! 助かった! ナイス体幹! ビクともしないね!
……おお? 距離近いな?
柳眉に切れ長の目よく通った鼻筋。この距離だとウォロが美形だとよーく分かる。お客さんの中にはウォロのファンみたいな人がいるけど、まあ、気持ちは分からなくないかも。こういう人に物を勧められたら買いたくなるよね〜、分かる〜。
それにさ、ウォロって見た目に反して身体がしっかりしてんの! 細いのかと思いきや、ちゃーんと男の人の身体。多分、筋肉しっかりついてる。ぺた、と胸のあたりを触る。うん、胸筋が服から分かるぞ。さては着痩せするタイプか?
「……後輩さん。退いてくれると嬉しいのですが」
おっと。
「いやそれとこれとは話が別!」
私はニヤリと笑った。
好機!!
「さあ脱げ!」
「後輩さん! エプロンを取ろうとしない!」
「とりゃあ!」
「腰のベルトやめてください! ちょ、ジブンは脱ぎたくは、あ、」
「おっしゃベルトもらったあああああ!!」
「――そこにいるのはイチョウ商会の商人か?」
私とウォロは動きを止めた。
洞窟に誰か入ってきた。足音からして、複数人?
――た、助けがきた!?
「よかった、ガチグマの力を借りた甲斐があった。あとでシンジュ団のキャプテンに礼をしない、と……」
「おう、イチョウ商会の2人組ってのはあんたらだな? 聞いていた特徴は一致してらあな。ん……?」
松明を持った集団が姿を現す。あ、先頭はコンゴウ団のセキさんとヨネさんだ!
後ろにはイチョウ商会のツイリさんと、ギンガ団の人もいるみたいだ。
皆、どうして私たちを見てポカンとしているんだ……?
そう思っていると、ヨネさんがニヤリと笑った。
「あー。もしかして、お邪魔だったかい」
「え?」
「え?」
私とウォロの声が重なる。そしてお互いに顔を見合わせ――気付く。
これ、はたから見たら私がウォロを襲っているように見えるのでは?
おっとまずいな、これは。
「なんだよ、そういう関係か?」
セキさんまでそんなこと言う!
「違う!」
「違います!」
私とウォロが否定してもセキさんとヨネさんはニヤニヤと笑っている。
誤解が! 誤解が生じている!
「こんな黒幕系アルセウス同担拒否マンのやべー男は私の趣味じゃありません!」
「こんなちんちくりんはジブンの趣味ではありません!」
「は?」
「あ?」
私たちはお互いに指を差してその気がないアピールをしていた。
うわ待て待て。明らかにその気があるように見えるじゃん。
「息ぴったりだな」
ほら〜!! セキさんが更に勘違いしてんじゃんよ〜!
「勘違いしないでください! ウォロ先パイになんて! これっっっっぽっちも興味ないんだからね!!」
私の絶叫が洞窟内に響き渡った。
まるでツンデレキャラのようだった。