チリさん百合妄想的な日常

 突然だが、私は顔のいい人間が大好きだ。
 美しい人、可愛い人、格好いい人。

 そこに存在するだけでいい。出会えた奇跡に乾杯!

 お慕いしてるし、あなたを心から推したい!

 私にできることはお布施(課金)なので全力で応援させていただきます!

 もちろん対象は二次元・三次元は問わない。が、ここ数年は二次元のキャラクターを崇め奉る生活を送ってきていた。 


 しかーし! なんと久しぶりに三次元で「この人を推したい! 崇めたい!」と思える人に出会った。

 パルデア地方ポケモンリーグ。
 新しい職場で、私はチリさんに出会った。


***


「チリちゃん、チリちゃん! ポピーをおんぶしてくださいな! ポケモンさんたちとあそんでいたら、ボールがたなのうえにいっちゃったんですー」
「取るのはええけど、室内でボール遊びはアカンで」
「あ! そうでした……」
「他の人らに当たるし、ボールが行方不明になるで」
「ごめんなさい。はんせいしてますの」

 しゅんとなるポピーちゃん。
 チリさんはしゃがんでポピーちゃんに目を合わせた。

「分かったらええねん。ちゃんとごめんなさいできて偉いなあ。ほな、ポピーのためにチリちゃんがひと肌脱いだるわ」
「ありがとうですの、チリちゃん!」

 軽々とポピーちゃんを抱き上げると、チリさんはボールが乗ってしまったという部屋へ入っていった。

 右見て左見てついで上と下を確認。
 よし、周りに人はいないな!

 では!

「はああぁぁ……!」

 私は膝から崩れ落ちた。天を仰いで祈るように両手を組む。あ、なんか涙が出てきた。

「尊い! ありがとう! あれはチリポピです本当にありがとうございました!」

 ダメなことはダメと𠮟りつつ、いいことはすぐに褒める。なんなんですか。アメとムチの使い分け上手くないですか!?

 しかもしかもしかも! ポピーちゃんのチリさんへの信頼度よ! だってさ、すぐ近くに他のリーグ職員がいたじゃないですか。なのに真っ先に助けを求めるのがチリさんなんだよ。わざわざ捜しに行って! しかも抱っこを所望して!

 はあああああああん
 公式からの供給が一番クるのよね!
 サンキューチリポピ!

 いやー、オモダカさん宛の手紙がうちの部署に紛れていたから届けに来たらね、これですよ。廊下で2人が話してるから素早く身を隠しましたよね。サンキュー、先輩。仕事押しつけられたって思ったけど、いいもん見れた。最高じゃん!

 いやちょっと待てよ。ポピーちゃんがですね、成長してですね、逆にチリさんをお姫様抱っこするっていうのもありじゃないですか?

『チリちゃん。ポピー、チリちゃんを抱っこできるくらいカッチカチになりましたのー』
『このくらいでチリちゃんの上を取ろうとするのは100年早いで』
『もー、チリちゃんたらー!』

 うん。これ。これもいいな。結局チリさんにお姫様抱っこされる成長したポピーちゃんというのもありでは? こんなに大きくなったからキスする時そんなに屈まなくていいねー、とかさあ……そういう……へへ、いい……いいなあ……。えへ、えへへ。

「――さん! もしもし! どうされました?」
「ハッ!」

 我に返り慌ててよだれを拭いた。やべえやべえ。人間としての尊厳はまだ失いたくないわ。

「す、すみません」

 私に声をかけたのは四天王のハッサクさんだった。彼の後ろには同じく四天王のアオキさんもいる。視線が合ったと思ったらゆっくり逸らされてしまった。

「気分でも優れないのですか」
「いやいや! そんなことは!」
「ははあ、そうですか。話し相手もいないのに大きめの声でブツブツ何かを呟いて、しまいには笑い出したので、小生はてっきり体調が優れないのかと……」

 あ。ガチで心配されているやつ。妄想もほどほどにしとかないと、本格的に人間としての尊厳を失うわ。それはヤバいわ。

「大丈夫です! 今日ちょっと嬉しいことがあったので、思い出し笑いです!」

 嘘は言ってない。
 すごく心配してくれるハッサクさんと、頑なにこちらを見ないアオキさんだが、もしかしてアオキさんは(うわ、この人怖……関わらんとこ……)みたいな感じなんでしょうか。そうだとしたら悲しいけど正しい対応だなあ!

 ハッサクさんは「無理せず休んでくださいですよ。さて、アオキ。あなたには話したいことがひとつ、いや、5つほどありますですよ」「5つ、ですか……」「場所を変えます」とアオキさんを連れ立ってどこかへ行ってしまった。そういえばよく怒られているみたいだよね、アオキさん。

「おっと私も行かなきゃ」

 うちの上司トップチャンピオン、オモダカさん宛の郵便を届けねば。

 足取り軽やかにオモダカさんがいらっしゃる部屋へ足を運ぶ。

 そこで目に飛び込んできたのは、

「トップ、服に値札付いてますよ」
「おやこれは失礼。チリ、すみませんが値札を切っていただけますか」
「別にええけど。っと、ハサミハサミ……、あったわ。うわ、値段エグー。ハイパーボール何個買えるんやろ。あ、あと髪にも何か引っ掛かってますよ」

 慣れた手つきでオモダカさんの世話を焼くチリさんだった。

 オモダカさんはパソコンから目を離さずチリさんに何かを訊ねている。

「そういばチリ。あれはどうなっていましたか」
「あれって。ああ、はいはい。あれね。あれは先方都合でリスケになっとります」
「では、あれは?」
「アオキさんが担当やった気ぃしますけど」
「締切は昨日までのはずですが、報告が上がってきていませんね。あとで訊ねておきましょう。おや……」

 そこで何かに気付いたオモダカさんは作業の手を止めてチリさんに向き直る。

「なんやねん、じっと見て」
「シャンプーを変えたのですね。いつもと違う匂いがしたので、もしやと思いましたが……。ふふ、あなたの反応を見るに正解だったようです」
「こういう細かいところにはよく気ぃ付くっちゅうのに、なんで自分の服の値札には気付かんのやろ」

 はあああああああん! 

 こっ、これは……! 多分恐らくオモチリです! ありがとうございますありがとうございます! お陰様で生きていけます! 公式からの供給ありがとうございます!

 ちょっとした変化に気付くオモダカさんと、それを指摘されてちょっと拗ねたようなツンとした態度を取るチリさん! ありがとうございます! ポピーちゃん相手だとあんま見られない表情ですね!

 私ね、チリさんは常に攻めだと思っているの。でも唯一受けに回るのがオモダカさんなんだよね(独断と偏見)。オモダカさんの泰然自若とした雰囲気のせいかな。何をしても大人の余裕で包んでくれそうなんだよなー。

 しかもしかもしかも! 聞きましたあれ。あのやりとり。「あれ」で全部通じるのすごくない!? 熟年夫婦みたいなものを感じる……!

『チリ。あれは』
『あれ? なんのことか』
『ふふ。知らないをふりをして可愛らしいですね。ほら、今日の分がまだですよ。忘れたなら、もう一度教えて差し上げます』
『いらんて。今は無理ですから』
『おや。やはり知らないをふりをしていたのですね。では、……このあと、楽しみにしています』

 はい。いいですね。2人にしか分からん暗号。「あれ」。ふふ、いいですね。何が始まるのかな。壁になったらやりとり見られるかな、なんて……へへ、なりてえ……推しを眺める壁になりてえ……えへへ……へへ。

「自分、大丈夫かいな? 急に笑い出してどないしたん?」
「おや。事務の方ですね」
「ハッ! すみません!」

 また百合妄想をして意識が遥か遠くへ行っていた。よだれが出ていたようだ。ヤバイなあ、公式からの供給を前に冷静さを保てないとは……。すぐ妄想する癖やめなきゃ。

「オモダカさん宛のお手紙が紛れていたのでお届けに来ました」
「なるほど、そうでしたか。お忙しいところありがとうございます」

 微笑むオモダカさん。

「いえいえ! では」
「ちょうだいいたします」

 よし、ミッションコンプリート。いやあー、今日はチリさんからたくさんの供給があって嬉しいな。チリポピとオモチリをいっぺんに浴びれるとは。最高!

 ん? チリさんが私をじっと見てますね。チリさん、相手が間違っている。私は確かにチリさんをお慕いしてますが、私が妄想の相手になるのは違うんだ。私は壁か床になって、咲き乱れる百合を愛でたいんですわ! ポピーちゃんかオモダカさん。それか、最近チャンピオンになったアオイちゃんたちといるチリさんをね。

「それでは、失礼いたします。オモダカさん、チリさん。お仕事頑張ってください!」
「……おん。わざわざおおきになー」

 ああ。笑顔で手を降って見送ってくれるチリさん! ファンサかな? ファンサですね。本当にありがとうございました! 今なら【パルデアの大穴】に飛び込めますね。

 課金したい。どうしたらチリさんへ合法的に貢げるんだ。ナンジャモちゃんみたいに配信とかしないのかな。そしたら毎秒スパチャ投げれるのに。そしてそのお金で美味しいものをポケモンたちと一緒に食べてほしい。焼肉とかどうですかね。美味しいの食べてほしい。

 はあぁぁ。推しに毎日会えるなんて最高。

 毛穴ひとつ見当たらないすべっすべのお肌。人の良さそうなタレ目、よく通った鼻筋、形のいい唇。それから抜群のプロポーション。身長ほぼ脚ではってくらい長いしさー。もう好き。全てが好き。

 そして顔がいい人が、色んな人たちと絡んでいる姿を見て百合妄想するのが一番キマるんだよなあ……。チリさん、無限の可能性を秘めている!

 まさか転職した先にこんな素晴らしい人がいるなんて。3次元も捨てたもんじゃないなー。


***


 職員が部屋から出ていったあと、チリは大きな溜め息をついた。

「いきなりニヤニヤしだしてなんやねん、気色ワルぅ……。今の子って最近採用した事務員さんやんな?」
「はい。なかなか見どころのある方ですよ」
「はあ?」

 チリは頭をボリボリとかく。

「間違ってへんそれ? なんかチリちゃんを見る目が、言いようのないねっとりした感じだったんやけどー?」
「そうでしたか?」
「そうやったって。これからめっちゃ厄介なことになりそうな気ぃするわ」

 ぶるりと実を震わせて自分の肩を抱くチリ。

 その予感が的中するのはそう遠くない未来の話である。