あなたの「唯一」になる日まで①

アカデミー時代のチリさんってどういう感じかな?と思って色々考えた結果の産物です。
以下、注意。

・アカデミーの女子制服はスカート必須
・チリさんのコガネ弁が微妙(調べたりしたんですがあやふやです)
・夢主のチリさんんへの対応がちょっと塩

学校の人気者の秘密を私だけが知っている、みたいなシチュエーションが好きなのでこうなりました。
清楚で眼鏡で髪を下ろしている学生チリさんが見たくて…。
敬語からのコガネ弁のギャップも良きよね…っていう煩悩いっぱいの話です。




 姿勢がキレイだな、と思った。
 
 腰の辺りまで伸びた深い緑の髪が、歩くたびに揺れる。
 担任の先生の後ろを歩く彼女は、注目の的だった。
 
 教壇に立った彼女は、静かになった教室をぐるりと見渡した。
 
 黒縁メガネの奥には、紅い瞳。
 目尻は垂れ下がっていて、彼女の人の良さを表しているようだ。
 
 先生は黒板に彼女の名前を書くと、朗らかに笑った。
 
「転入生を紹介します。チリさんです。皆さん、仲良く共に学びましょうね」
「チリです。ジョウトから来ました」
 
 澄み渡る声。女の子にしてはちょっと低め。アルトくらいの感じ。
 
「よろしくお願いします」
 
 控えめ。だけど、人好きのする笑顔。
 教室中がわっと湧いて、パチパチパチパチ、と歓迎の音を鳴らす。
 
 今日、彼女に休憩時間はなさそうだ。
 
 拍手をしながら、私はぼんやりとそう思った。
 
 
 
 予想通り、授業の間の10分休みごとに、チリさんの周りには人だかりができた。この調子だと彼女に昼休みもないかもしれない。
 
 転入生というのはただでさえ注目の的になりやすい。チリさんは遠くの地方からの転入生だから、余計に関心を持たれているみたいだ。
 
「どんなポケモン持ってるの?」
「サンドウイッチ、何が好き?」
「〈ナッペの手〉、行った?」
「ポケモン勝負強いの? 一緒にやらない?」
 
 どこかの地方には昔、10人の話を一遍に聞くことができた人がいたらしいが、チリさんもそうなのかもしれない。

「じめんタイプが多いですね」
「美味しいものなら何でも」
「名所ですよね。まだ行ったことないんですよ」
「ポケモン勝負? 勝っても恨みっこなしですよ」
 
 嫌な顔ひとつせず、チリさんはクラスメイトの質問に丁寧に答えていった。しかも、話が上手い。相手の意図を汲み取って、より面白いものにして返す。声も心地よいから、もっと聞いていたいと思ってしまう。
 
 チリさんはすごいな。私だったら勘弁してよ、と疲れが態度に出てしまうだろう。
 
 これは、クラスの人気者になりそうだな。
 
 ふと、彼女と目が合って、微笑みを返された。私、知ってる。アルカイックスマイルってやつだ。
 これファンサってやつじゃないかしら、とクラスメイトの人垣の外から、またしても私はぼんやりと思うのだった。
 
 
 ***
 
 
 チリさんが転入してきて2週間ほど経った。
 チリさんはやっぱりすごい人だった。
 
 先生に当てられても物怖じせずに答えるし、私が苦手な算数の計算だって正確だ。
 体育も得意で、この間のバスケではガンガン点数を取っていた。
 
 最後、スリーポイントを決めた時は、敵チームも、観戦してた他のクラスメイトも、先生でさえも感嘆の声をあげていた。
 
 しかも、チリさんはポケモン勝負が得意らしい。パルデアで出会ったというウパーが相棒のようで、次々と連勝記録を伸ばしていった。
 
 チリさんはあっという間にアカデミーの人気者になった。
 彼女の周りには人が絶えない。いつもクラスの中心で、楽しそうで――楽し、……楽しい、のかな。
 
 そういえば私、チリさんの笑顔以外を見たことがない。
 ずっと笑ってる表情しか知らない。
 
 大変じゃないのかな。
 私だったら音を上げている。
 でもまあ、チリさんは私じゃないんだし、きっと大丈夫なんだろうな。
 
 なんて思っていた、ある日のこと。
 
「はぁ……、ニャース被るんやなかった。しんど……。ウチ、上品なんてキャラちゃう。やっぱこれ無理や。スカートも履きたないわー」
「え?」
「あ」
 
 アカデミーの穴場(だと私が思ってる場所)にチリさんがいた。
 足を広げてしゃがんで――ええと、ヤンキー座りだ。あれみたいになってる。いくら膝下の長さとはいえ、スカートでその座り方、やめた方がいいじゃないかな。
 
「ち、チリ、さん……?」
「うわ……」
 
 チリさんは、とりポケモンが豆鉄砲食らったみたいな顔をしている。多分、私もそんな顔してると思う。
 
 なんというか、チリさんって上品っていうか、清楚ってイメージがあってさ。女性らしいところしか見たことないからさ。ヤンキー座りして、頭ガシガシかいて、疲れた顔してるなんて夢にも思わなかった。
 
「あー。なんか、ごめん?」
「ええよ、謝らんで。……あー。同じクラスの子、やんな?」
 
 チリさんはしかめっ面になって私をじっと見る。……もしかして。
 
「名前、思い出せない?」
「うん」
 
 ごめんなぁ、と胸の前で手を合わせて謝る。別にいいのに。チリさん、転入してきたばかりなんだから。それに、一対一で話すのはこれが初めてだもの。名前を覚えてないのは、仕方ないんじゃないかな。
 
「今覚える。名前は?」
「いや名乗るほどの者では」
「イマドキそんな返し流行らんで? ほら、はよ言いな」
「う、うん……」

 頑なに名乗らないのも変か。人間関係は拗れると厄介だ。波風立てずに学園生活を過ごしたい。
 私は観念して、チリさんに自己紹介した。

 チリさんは噛みしめるように名前を繰り返し「覚えたで」と言った。いや、覚えなくていいよ。なんだか嫌な予感がする。
 
「じゃ、そゆことで。帰るね」
「ん? 自分どこ行くねん」
「え、先客いたし……。ここのね、アカデミーの裏庭って穴場なんだよ。寮があるから死角が多いの。静かだし、日陰だし、ひとりになりたい時はいいんだ。今日はチリさんに譲るね」
「ふーん? それはおおきに。でもそれとこれとは話がちゃうで。いっぺん、あんたと話したいことがあんねん」
「いや。私にはないよ。チリさんが実はニャース被ってて、独特なイントネーションで話す人で、クラスの人気者になってんの疲れてそう……なんて話は誰にもしないし」
 
 一歩後退すると、チリさんが一歩前進する。困った。困ったぞ。チリさん足が速いから、逃げてもすぐに捕まりそうだ。
 
 ジリジリと間合いを詰められ、私は気付く。あ、これ後ろ校舎じゃん。逃げ場が、逃げ場がない!
 背中は壁。前にはチリさん。
 
「なあ」
 
 チリさんが私の名前を呼んで、壁に手をついた。
 
「チリちゃんとお話していかへん?」
 
 
 ***


 チリさんから「チリちゃんの素がこれなん、秘密やで」と口止めされてしまった。口止め料は購買のサンドウイッチだ。おやつに最適のデザート系のやつ。あれを週1回奢ることで手を打った。

 別に、そんなことしなくても誰にも言いふらしたりしない。言う相手もいない。私、友達少ないから。
 
 と、正直に言ったら、何故かチリさんから憐れまれてしまった。

 そして……。
 
「まいど、チリちゃんやで」
「うん。ま、まいど……?」
 
 何故か私、チリさんに懐かれてしまった。

 机に手紙が入ってたら、それが合図。
 私は例の穴場に行って、チリさんから奢ってもらったサンドウイッチを食べながら、素の彼女の話し相手になるのだ。

 ちょっと面倒なことになったかもしれない。

 律儀に付き合う私も私だ。手紙を無視したらいいのだろう。
 一度、用事があって遅れたら、チリさんがしょんぼりとした様子で膝を抱えて待っていたことがある。まるでボチみたいだった(私の家には、お母さんのてもちのボチがいる。留守番している時の姿が本当にそっくりだったんだ)ので、それ以来、行かないという選択肢はなくなった。

 ……きっとそのうち飽きるだろう。私はチリさんと違って、影の薄い、普通の人だから。それまでは、付き合ってもいいのかな。サンドウィッチを奢ってもれるんだから、まあ、よしとしましょう。


 チリさんは話が上手い。
 テレビに出るお笑い芸人さんみたいだ。
 私は何度も腹を抱えて笑った。
 
 ちゃんとオチがついているのがいいねって褒めたら、「普通はそうなんちゃうん?」なんて返ってきた。
 
 うーん、話に綺麗にオチがついてるのって稀なんじゃないかな。私の話なんて、その最たるものなので。
 
 と言ってみたところ、
 
「確かに自分の話、日記やな」
「日記……」
 
 正直な感想が来たのでちょっと凹んだ。
 
 またある時は、こんな話をした。
 
「なあ、こっちのウパーはタイプがちゃうんやな」
「ウパーはどく・じめんなのが普通じゃない?」
「んーん。ジョウトにいるウパーはタイプも姿もちゃうねん。ほら」

 チリさんがスマホで写真を見せてくれた。
 わ、本当だ。身体が水色だし、ほっぺのヒゲみたいなやつも形が違う。

「ジョウトにもウパーいるんだっけ? ねえ、タイプ何?」
「みずとじめん」
「あ、じめんは共通なんだ」
「可愛いも追加で」
「うんうん、可愛い」

 またまたある時は、こんな話もした。

「サンドウィッチ、作るのややこしない?」
「ややこ……?」
「難しくない?」
「そう? 自分が食べたいもの挟んでおけばいいんだよ」
「最後、上からパンを落とす時のコツないん?」
「え? パン落とす? 落とさなくない?」

 更にまたある時、こんな話もした。

「チリさんが住んでいたジョウト地方って、全員そういう喋り方するの?」
「コガネ弁な。皆が皆、こういう喋り方はせえへんよ。一部の人だけやで」
「へえ〜。独特で面白いね。最近、チリさんがコガネ弁を話してないと変な感じがするんだよね」
「変?」
「変っていうか。……うーん。コガネ弁の時が、一番『チリさん』って感じがする」
「……なんやねん、それ」
「ちょ、頭グリグリ撫でるのやめてー!?」

 髪がぐしゃぐしゃになってしまった。
 その日、チリさんはずっと私と視線を合わせずに会話していた。


***


 チリさんと秘密の関係になって2ヶ月くらいが経った。

 今日も私はホイップクリームが挟まれた瑞々しいフルーツサンドを食べながら、チリさんと他愛ない会話をしていた。

「チリさん、今日何か悩んでいるっぽいけどどうしたの?」
「ん? んー……」

 ポリポリと頬を掻くチリさん。
 2ヶ月も経てば、様子がいつもと違うことくらい分かってしまう。

 彼女はおずおずと口を開いた。

「あのなあ、テーブルシティのカフェになあ、期間限定のメニューが出るらしいねん」
「へえ〜」
「パモとかパピモッチの顔のケーキとかパフェとかあんねん。ええなあ。行きたいなあー」
「行ったらいいじゃん」
 
 チリさんは私をちらちら見てくる。そんなに気になるんだったら、今度の休みに行ってみたらいいのに。
 
「……自分、鈍いな」
「え? 自分? チリさんが鈍いって?」
「ちゃうって。自分って、あんたのことや」
 
 唇を尖らせて、チリさんは私を見つめる。
 
「あんたと行きたいって意味で……」
「私と出かけたいの?」
 
 あ、お出かけの誘いなのか?
 意外。チリさんとこうして会話することはあったけれど、これは秘密の関係ってやつだ。
 
 教室に戻れば、私はチリさんと一切口を利かない。ただのクラスメイト。赤の他人。そんな感じで振る舞っている。
 
「チリさんの周りには人がいっぱいいるじゃない。何も、私じゃなくても」
「……ウチら友達とちゃうん?」 
「とも、だち」
 
 私は人差し指で、チリさんと自分を交互に指差す。
 
「私とチリさんが!? えっ。そうだったの? 私、そのつもりこれっぽっちもなくて」
「なっ、じゃあ何やと思っててん」
「チリさんの秘密をバラさないために、サンドウイッチで買収された関係。立場はチリさんが上。私は下?」
「間違ってはないなあ? いや、どっちが上か下かまでは考えてへんかったわ」
 
 でも心外やわ、とチリさんは頬を膨らませて私を見やる。
 
「素のチリちゃんを知ってるの、このアカデミーであんただけやで」
「ふうん?」
「友達って、秘密の共有もして友達やろ?」
「う、うーん?」
 
 果たしてそうなのだろうか。友達が少ないのでよく分からない。
 
「一緒にいる時間が長いのもあんただけやで。ウチの周りにいる子らには、他に仲ええ子がおるから」

 教室でのチリさんとクラスメイトの様子を思い出す。

「確かにチリさんって特定の子とはいないよね」
「それを踏まえて。はい。チリちゃんとあんたは友達やろ」
「そうかなあ?」
 
 放課後にならないとこうして集まって話さないじゃんね。
 
「じゃあ何で教室で話さないの?」
「話しかけようとはしてんで? でも自分、休み時間になったらすーぐどっか行くやん! 探しに行こうとしたらクラスの子に囲まれて、身動きとれへんし。っちゅうか、いつもどこ行っとんの?」
「私? 最近は家庭科室行って、裁縫してるの。私のポケモン、日差しが苦手で、帽子作ってあげてんだ」
 
 みずタイプの子を最近捕まえたんだけど、なかなかボールから出たがらなかったんだ。雨や曇りの日は元気なのに。先生に相談したら、水場によくいるポケモンだから、太陽が少し苦手な子なんじゃないかという答えをもらった。
 
「日差しが苦手でも、太陽の光浴びとかないと不健康でしょ? 帽子があればちょっとはマシになるかなあって。ジャストフィットのものを作ってあげてるの」
「へえ……」
 
 感心したようにしきりにうなずくチリさん。どこかの地方に、首を縦に振るポケモンのお土産があったね、なんてぼんやり思う。
 
「……自分、ポケモンには優しいな」
「なんか妙にポケモン『には』の部分を強調するね?」
「その優しさをチリちゃんにも分けたってや……」
「ポケモンにも人にも同じくらい接してるよ?」
 
 とは言いつつ、
 
「でもさあ、クラスの子よりは、てもちの子たちに注ぐ愛情の方が強くない? 一生のパートナーだよ。365日、いつも一緒なんだからさ」
 
 ポケモンと人への態度が違う理由も話しておく。
 
「チリさんとはまだ出会って日も浅いし。そもそも友達って認識してなかったんだよね……そこはごめん」
「まあ、そこはええわ。つまり長い時間一緒にいたら、友達認定してくれるんやな?」
「……理屈的にはそうかも」
「ん。分かった」
「分かったとは?」
「よし。じゃあ、今日はこれで閉店や。また明日」
「え、何が? 閉店? え?」

 随分早い解散だ。呆気に取られる私を置いて、チリさんはさっと帰ってしまった。
 何だろう。一体何を企んでいるの?




「組む相手がいないなら、わたしと組まない?
「え"っ」

 次の日の体育、チリさんに話しかけられた!

 クラスの皆の視線が針のように突き刺さる。

 ――えっと。待って。もしかして?

 チリさん、私と友達になるために、放課後以外も声かけるようになった!?