ガラルのポケモンチャンピオンになった幼なじみは、当然ポケモン勝負が強い。
ポケモンが大好きで、ポケモンに関する知識は貪欲に吸収していく。
だが、しかし。
「なあ、服を買う金がないなら、オレが買ってやるぜ? だから、そんなボロボロのジーンズを履くのはやめるんだ」
幼なじみは――ダンデは――壊滅的なほどファッションに疎かった。
***
「ダメージジーンズだよ!! ファッションだよ! 金出して買ったんだよ!!」
私はドン! とテーブルを叩いて叫んだ。
「挙げ句、『ポケモンに襲われたのか?』ってキョトン顔で訊いてくるし! 肩出しニット着てたら『冷えるだろ』って上着寄越すし! カーディガンをオシャレに肩にかけたら『ちゃんと着たらどうだ』って正しい着方レクチャーされたし! ファッションなんだよ! バカ!」
今朝のことを思い出すと腹が立ってくるわ。
「ちょっと喧嘩しちゃったわよ。『私が何を着ようが自由でしょ! ファッションに疎いダンデくんが口出しするな!』ってさ」
「あはは……。ダンデくんそういうとこあるよね」
目の前に座るソニアが苦笑した。
「わたしの服もそう。今着ているのへそ出しでしょ? 冷えるからって腹巻きもらったんだよ? しかも『その服サイズ合ってないぜ?』だって。そういう服なのに!」
「え、ソニアもなの? はあ、ダンデったらもう……」
私は、ソニアとダンデの幼馴染みである。
元々はソニアと私の出会いが早い。何がきっかけかは、もう10年以上前だから忘れてしまったが、あとからダンデと出会い、3人で遊ぶようになったのだった。大人になった今でも連絡は取り合ってる。それくらい仲はいい。
ちなみにジムチャレンジはしてない。私、そこまでポケモン勝負が好きじゃないから。推薦状も貰えなかったし。
ジムチャレンジに旅立った2人は、それはもう立派に成長した。ダンデくんはチャンピオン。ソニアはポケモン博士。大出世である。
あ、でもダンデはもうチャンピオンじゃないんだった。今はポケモンリーグの委員長かつバトルタワーのオーナーだ。
私? 私はアパレルショップで働く、しがない店員です。
「チャンピオン退いて前よりは連絡くれるようになって、食事とかも行くようになったけどさ、こう、何でダンデくんに哀れみの目で私のファッションダメ出ししてくるんだろ? 知識なさすぎ!」
もうやだ、と私はまだ温かい紅茶を一気飲みした。
「紅茶お代わりいる?」
「いるー! でもそれ飲んだら帰る。ごめんね、忙しいときに研究所押しかけて」
「大丈夫! ダンデくんみたいにアポなしで突然来たわけじゃないでしょ」
ソニアは最近本を出した。研究とか調査とか色々忙しいだろうに、こうして私の話を聞いてくれるからありがたい。持つべきものは幼馴染みだ。
「今度ご飯行こうね! まだ私、ソニアが本出したお祝いしてないんだから」
「いいねー、行こうか! 後でスケジュール確認しておくね」
「ん、よろしく」
紅茶を蒸らしている間、ソニアは「そういえばさっきの話だけど」と話を切り出す。
「ダンデくんと食事行くようになったの?」
「うん、そうなんだよ。というか私、ダンデの私服をコーディネートしてあげてるんだ。だから、そのお礼ってことで高いご飯を奢ってもらっててさ」
「え、そうなの? 私服をコーディネートしてあげてるの?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
ダンデはチャンピオンを降りてから、ユニフォーム以外の服を着る機会が多くなった。時間に余裕もできたので、私服で出歩く頻度も増えた。ところがダンデのクローゼットにはまともな服がなかったのである。
「しかもさあ、初めて出かけた時の私服がね、ヤバかったの。ダサいとかそれ以前の話だもの」
「どんな感じだったの?」
ソニアはゴクリと唾を飲み込んだ。
「ソニアさ。着せ替えアバターゲームやったことある?」
「あるよ?」
「あのデフォルト状態って言えば想像つく?」
「んー? ……あ! 分かった! 白Tシャツとジーンズ?」
「そう! それなの!」
白Tシャツとジーンズがダメなわけではない。ダンデが自分の体型のことを考えずにそれを着てしまったからダメだったのだ。ボディラインが強調され過ぎて、服が悲鳴をあげていたんだから。
「しかもシャツインだよ! ダンデは身体を鍛えているから、余計に胸筋が目立つわけ。で、白Tシャツとジーンズだったから……。あとは分かるでしょ、ソニア。まだオーナー服で来てくれた方がよかったって」
「あはは、なるほどね……」
ソニアは再び苦笑いを浮かべ、紅茶のポッドを持ち上げた。おかわりを注いでくれるらしい。私はカップをソニアの方に滑らせた。
「でも、納得したよ。最近のダンデくんの私服、結構いい感じなんだもん。そっか、が見てあげてたんだ」
「今も月1でダンデの私服を見てあげているんだよ。そろそろ私のアドバイスなしでも大丈夫だと思うんだけどねえ。未だにチェック柄と千鳥柄を併せようとするし、パーカーにパーカーを重ねて着るし、変な色の組み合わせはするし、大変なんだよ。そのくせ、こっちのファッションに口出ししてくるのはムカつくわ」
あ、なんかまたイライラしてきた。思い出し笑いならぬ思い出し怒りが。……カルシウム摂るべきかしら。ソニアが淹れてくれた2杯目の紅茶はミルクティーにしよう。
ミルクティーを飲みながら、私はしみじみと呟いた。
「ダンデのカノジョになる人は大変だろうなあ。見た目はいいのにね。ポケモンバカでファッションに疎いのを除けば、理想の相手なんだけどなあ。元チャンピオンで現ポケモンリーグ委員長。バトルタワーオーナー。お金にも困らないだろうしなあ」
「……」
「え、何。ソニア」
何でボール遊びをするワンパチを眺めるときの顔してるわけ?
「……ダンデくんも大変だなって」
「え、何の話?」
「私服をコーディネート、頻繁にお出かけ、ファッションに口出し……そこで最近のわたしへの相談がのことばっかりなのは……なるほどなあ」
「ひとりで納得していないで教えなさいよ、ソニア!」
「何でもなーい!」
「ちょ、ちょっと教えなさいってば」
なんて話をしていたところ、いきなり研究所の扉が開いた。ああ、この勢いはもしかして。
「ああ、やっぱりソニアと一緒にいたのか」
やっぱりダンデだった。オーナー服ではない、私服だ。私が見立てた服ではないものを着ている。まさか、自分で選んだの? だ、ダサ……くはない、か。及第点は出せるかも。
ダンデは何故か息を切らしていて――もしかして方向音痴を発揮して迷子になっていたのだろうか――私を目に留めるなり大股でこちらに近付いて来た。
「ダンデくん、もしかしてちょっと迷ってた? 連絡をくれたらワンパチを迎えに行かせたのに」
ソニアも同じことを思っていたらしい。
「確かに少し迷いはしたが、着いたからいいんだ。それよりソニア、に用事があってだな」
「ああ、うん。どうぞどうぞ」
「私に用事ぃ?」
散歩の終わりを告げられたワンパチのような顔で、ダンデは私を見下ろしている。
「な、何よ……」
「すまなかった」
「へ?」
角度90度のお辞儀を披露され、ちょっと困惑する。……そういえば、喧嘩中なんだった。「私が何を着ようが自由でしょ! ファッションに疎いダンデくんが口出しするな!」って言ったんだっけ。ダンデは私と違って素直なので、こうして面と向かって謝ることができる。
……本当は分かっている。ダンテが口出しするのは私を心配してのことなのだと。ファッションに疎いしちょっと天然なところはあるが、いつだってダンデは人のために行動するから。
これで許さなかったら、私、本格的に嫌なヤツだわ。
「ダンデ」
「だけど、少し言わせてくれ」
勢いよく顔を上げて、ダンデは私に詰め寄った。
「キミが何を着ようと勝手だが、オレはキミの肌が不特定多数の人間に晒されているのは嫌なんだ」
「は?」
「キミの格好は露出が多いんだ。風邪の心配もあったが、本心は他の男に見せたくないって気持ちが」
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ちなさいよ! ソニアもニヤニヤ笑ってないでさあ、なんとかしてよこいつを」
「私服のコーディネートというていでキミとの約束を取り付けて、また会うためにいつまでも上達しないフリをしていて」
「だからさあ! そんな、そんなこと言ったらまるで、まるで……」
まるで、私のことが好きみたいじゃない。
「そこでオレは考えた!」
バーン! とまるでリザードンポーズを取った時の効果音が聞こえてきた。何、幻聴?
「今こそキミに、オレの成長を見せる時だ!」
ダンデは私の前に跪いた。何をしようとしているのだろう。読めない。展開が読めない!
「、キミはダサい男が苦手だろ?」
「まあ、うん。そんなこと言った記憶があるわね」
「この私服、オレが全部ひとりで見立てたものだ。多少、店員にアドバイスを求めたりはしたが、それでもこれは、キミに頼らずコーディネートしたものだ」
「へ、へえ……。まあ、いいんじゃない? じゃあ私、もういらないわね」
「そんなことあるものか。やっぱりキミに見立ててもらった方がいい。どう勉強してもオレは未だに自信が持てない。ファッションはポケモンのように奥が深い」
「ポケモンとファッションを一緒にするのって、あんたくらいのものだと思うのよね……」
私は呆れるしかなかった。やっぱりダンデとポケモンって切り離せないなって。
「そして、ファッションに疎いオレでもキミに似合う服がようやく分かったんだ」
「私に似合う服?」
ダンデはいつになく真剣な目で私を見つめていた。勝負時とはまた少し違うそれに、私はちょっと落ち着かなくなる。なんか、くすぐったくなるのでやめてほしいのだけども。ソニアに助けを求めてみるものの、首を横に振ってダンデを見てろとジェスチャーで伝えてくる。面白がってるわ、この幼馴染み! いや、なんかもう逃げ出したいんだけども!
「な、何が似合うっていうの? お手並み拝見といこうじゃないの、ダンデ」
情けないことに声が震えていた。ダンデはそれに笑うことなく、真夏の太陽のような眩しい笑顔を浮かべて言った。
「ウェディングドレスだぜ!」
数ヶ月。私はウェディングドレスを着て、ダンデと結婚式を挙げることになる。
ここに至るまで紆余曲折あったけれど、まあ、そこはね。私がパルデアに逃亡してダンデが追っかけてきたとか色々あったけれど、そこは割愛だ。
「うん。やっぱり似合ってるぜ! キミは世界一可愛い!」
私は、ウェディングドレスは誰でも似合うでしょ、という台詞を飲み込み、
「……今日だけは褒めてあげる。まあ、分かってんじゃないの」
浮かれる新郎に微笑んだ。
【終】
元チャンピオンはファッションに疎い