「お、おはようございます! クルーウェル先生」
最初は、オドオドと。
怯えていた。顔色を窺っていた。
尻尾を股の下に隠した仔犬のように。
俺を、俺だけを見ていた。
「ああ。おはよう仔犬」
態度がどうあれ、挨拶がきちんとできるのは、いいことだ。
オンボロ寮の監督生は、俺と目が合うとびくりと肩を震わせ小さく会釈をし、俺の前を通り過ぎていった。
***
「おはよう……ございます……」
「よく眠れたようだな、仔犬」
俺の授業中に監督生が倒れた。貧血だった。
保健室のベッドで項垂れている監督生に思い当たる節がないか訊ねたところ、試験勉強のために睡眠時間を削りました、という答えが返ってきた。
まったく……。
「……駄犬め。勉学に励むことはいいが、それで身体を壊すのは本末転倒――悩みがあるなら聞いてやろう。そうだな……いつもつるんでいる仔犬どもの愚痴でも何でも、お前の心にある思いをぶつけてみろ」
監督生は、ポカンと口を開けていた。
お手を教えている最中の仔犬のようだ。
「何を言われたか分からなかったか?」
「いっ、いえ! あの……、本当に何でもいいんですか? グリムがワガママ過ぎるとか、エースが意地悪すぎるとか、フロイド先輩が気まぐれ過ぎるとか……?」
「ああ。仔犬どものメンタルケアも教師の仕事のうちだ」
その日以来、時々、監督生が俺に悩み相談をするようになった。
いや、悩みというよりは、一方的な愚痴零しか?
少し晴れやかな顔をしているから、よしとしよう。
***
「お、……はっよ……ござい……ます!?」
ナイトレイブンカレッジを卒業した仔犬は――、いや、俺の恋人は、目を開けた瞬間、驚いてベッドから逃げ出そうとした。
「ステイ。このクルーウェル様が逃がすと思ったか?」
「ひぇぇっ! だって、目が覚めた瞬間に先生がいるなんて心臓に悪いんですよ!」
相変わらず、きゃんきゃんと吠える仔犬だ。
「誰が先生なんだ? きちんと名前で俺を呼べと躾たはずだが?」
「あ、……えっと……」
「昨夜は素直に呼んでくれたのに、できないのか?」
「そ! それはノーカンです! えっと、デイヴィス……さん……」
消えいるような、か細い声。
くぅん……と甘える仔犬の鳴き声のよう。
耳まで真っ赤に染める恋人を、俺は腕の中に閉じ込めた。
「ああ、おはよう。ご褒美をやろう」
***
「おはよう、デイヴィス」
キッチンに立つ彼女の姿を見て、思わず笑ってしまう。
千切れんばかりに尻尾を振る仔犬のような喜びよう。
ついつい、鞭より飴を多く与えてしまう。
「ああ、おはよう」
左手の薬指に光る、揃いの指輪を確認し、俺は彼女に口づけた。
【終】
おはよう、俺の…。