気をつけてないと見逃す子だなあ、と思いました。

「僕が取りましょうか?」
「ひいっ!?」

 静寂な図書館に悲鳴が響く。右からの声。わりと近い。心臓が飛び出すかと思った。
 周りの生徒が私をちらちら見てくる。ああ、何でもないんですごめんなさいごめんなさい。

「大丈夫ですか」
「はふぇ!? え、あ、はい。ちょっとびっくりしただけですから! まさか、人がいると思ってなくて。ごめんなさい」

 どこか眠そうな――いや、違う。ボーっとしてそう。いやいや、それは失礼だ。敢えて言うなら――そう、ミステリアス? そんな眼差しと雰囲気を纏った男の子が1人。私の隣にいた。

「前からいましたけど。君が来る前から」
「そう、デスカ」

 本を選ぶのに夢中で気が付かなかった。ごめんなさい。

「ところで、本。取りましょうか、僕が」
「え」
「届かないみたいなので」
「ああ、えっと……」

 そう。読みたい本が私の身長より高い棚にあって、背伸びしても届かないのだ。爪先で一生懸命頑張っていたけど、やっぱりダメで。そこをこの人に声を掛けられたのだった。

「僕の身長なら、問題ないと思います。どうしますか」
「お、願いします」

 それを聞くなり、すぐさま手を伸ばして、いとも簡単に私のお目当ての本を取ってくれた。

「ありがとうございます!」
「どういたしまして」

 抑揚のない声と一緒に本が渡された。ちょっと気まずい。

「借りられるんですか」
「はい」
「それ1冊だけ?」
「は、い……」

 1冊しか借りないのかよ、って意味?

「でしたら、貸して下さい。僕、図書委員なので」
「へ? あ、そうなんですか」

 なんだ、図書委員なのか。

「じゃあ、貸出お願いします」

 渡された本を再び彼に返す。忘れずに、私の貸出カードも。

「少し、待っていて下さい」

 カウンターの方に行ってしまう。本棚から姿が見えなくなって、数分もしないうちにまた戻ってきた。

「どうぞ、さん。返却期限は1週間ですから」
「ありがとうございま――って、え?」

 何で名前、と言いかけて、またびっくりしてしまう。

「いない」

 さっきまでいた男の子がいない。綺麗な水色の髪の、不思議な男の子が……消えたように。いや、それともう1つ。初対面だったはずなのに、何で名前、知ってたんだろう?

 あれ。でも、初対面だったっけ? どこかで見た覚えが。








「あ。さっきの!」
「どうも」

 昼休み。教室に戻ってびっくり。本日3回目。軽く会釈する図書委員の子。

 私の隣の席の子だった。え。待って。クラス同じだったんだ。ってか同級生だったんだ。結構日が経ってるのに、クラスメートの顔と名前一致してるのに。誰だっけ。脳に問いかける。

「えっと、その……」

 名前がなかなか出てこない。全員分の名前は把握済みだ。そうそう。最近、火神って人と一緒にいる――く、くろ、

「……黒子、君。黒子テツヤ君」
「はい。そうです」

 なるほど。なら、私の名前を知っているのは当たり前か。思い出せなかったなんて。申し訳ない気持ちになる。

「何か僕に用ですか」

 黒子君は首を傾げて私を見つめる。

「いや別に何でも。何でも、ない、です……」

 予鈴が鳴る。私は席に着いて、教科書を出す彼を――黒子君を窺う。授業が始まって何となく、理解した。そっか、気付かなかったのは、

 黒子君。影が薄いからだ……。

 意識してないと、隣の存在を忘れてしまいそうになる。空気っていうか。元からいないっていうか。魔法みたいにぱっと消えちゃう、みたいな。ここまで薄いのも珍しい。

 私は今更、黒子テツヤ君という生徒の存在を知り、今更ながら、隣の席の彼を気にするようになったのだった。