大好きだと言いたい子だなあ、と思いました。

 誠凛高校インターハイならず。

 学校新聞でその見出しを読んだとき、残念な気持ちになった。

 桐皇学園との試合で敗北した影響が、強かったのかもしれない。

 そのせいなのだろうか、教室での黒子君と火神君は、どこか元気がない。そして話し掛けづらかった。……私は無理して話し掛けようとはせず、しばらく図書室に通うことはしなかった。

 やりたいことが見つかったからだ。

 試合を見に行った翌週のこと。文芸部部室のドアを開き、読書をしていた部長に私は開口一番宣言したのだった。

「あの、部長! 私――」


***


さんって黄瀬君と付き合ってるの?」
「あのモデルの黄瀬君とデートしたって本当?」
「黄瀬君とどこで知り合ったの?」

 ここ最近、誠凛高校の女の子から呼び出されてはこんなことを訊かれる。学年やクラスを問わず、休み時間を問わず。

 インターハイ予選決勝リーグの会場にいたのを目撃され、一緒に電車で帰ってる写真を撮られ――付近の学校に私、の存在は「黄瀬涼太の彼女」という間違った関係で広まってしまったようだ。

 当然私は黄瀬君との関係を否定したけど、女の子たちは納得してないようだった。黄瀬君の彼女だったら許さないとか、近付かないでとか、物騒な言葉を浴びせられることがある。

 怖いなあ、女の子って。恋愛になると特にそう。いや、私も性別は女だけど、そう思うときぐらいはあるよ。

 私は適当に相槌を打って、そういう場はやり過ごした。一時的なものだからきっと直ぐにこんなことはなくなる。そう、信じている。

 それに、黄瀬君と彼女たちには悪いが、私は彼にこれっぽっちも興味はない。

 むしろ、気になってるのは――。





、大丈夫?」
「ぼーっとしちゃって。話、聞いてた?」
「うん、大丈夫だよ。ちゃんと聞いてたから」

 友達2人の声で我に返る。微笑んでみせるが、2人は心配そうに私を見てくる。

「やっぱり黄瀬ファンの対応に困ってるんでしょ」
「困ってないって言ったら嘘になるけど……、そのうち収まるから大丈夫かなあって思って」

 今はお昼の時間。私たちは机をくっつけて、教室でご飯を食べていた。

「そうかなあ。念のため、しばらくはちゃん、1人で行動しない方がいいよー」
「だね。、本当に黄瀬涼太と付き合ってないのよね」
「ないよ。たまたま会っただけ。それに、そこには緑間君って子もいたわけだし、少なくとも2人きりじゃなかったのに」

「でも、帰りは黄瀬君に送ってもらったんでしょ」
「帰る方向は違うから途中までね」

 いいなあ、と2人は溜め息を漏らす。黄瀬君ファンだから羨ましいんだろう。モデルやっててスポーツで好成績を残すと、こんなにファンが多くなるみたいだ。

「あのね、信じてね? 私、黄瀬君と付き合ってないよ。絶対違うから」
ちゃんの言うことは信じてるよー」
「それは私も同じ。のこと信じてるから」
「ありがとう」

 救われたような気がして、ちょっと心が楽になる。事実無根の言いがかりをつけられて、凹みそうになってたから。

「そもそも私たちが黄瀬君ファンじゃなかったら、名前すら知らなかったじゃないの」
「ねー。ちゃんはモデルや芸能人より本と作家さんに興味あるもんねー」
「それはそうかも……」

 全くその通りで、私は思わず笑ってしまった。2人もクスクス笑い出す。私のこと、よく分かってる。良かった、2人には信じてもらえて。

「……それにね、私が黄瀬君の彼女だなんて、おこがましいよ……」
「何でー?」
「私みたいなのが彼女とかさ、黄瀬君に申し訳ないっていうか……」

 2人が首を傾げたので、私はお弁当を食べていた手を休め「上手く言えないのだけど」と前置きした。

「この間、黄瀬君と――彼の友達だっていう緑間君と出会って――私、何も頑張ってないなって気付いたの。ううん、そこで頑張ってるうちのバスケ部の試合を見て、気付いたことがあってね」

 私はまだ高校1年生。自分の可能性を潰すのは早いのだ。ちょっと中学の時に嫌なことがあったからって、自分の好きな物を諦めてしまうのは間違っている。

「このままはダメって思ったの。私、何もやれてない。学校の授業を真面目に受けてるだけじゃダメなんだよ。人より多く本を読んでるだけじゃダメなんだよ。もっと、なんていうかこう……追いつきたいんだ……」

 君の見ている景色を。諦めない君の姿を私は、追い掛けたい。

 黒子君、私、君の背中に追いついて肩並べて、大好きって言いたいのよ。

「だからさ、まだまだな私が、頑張ってる黒子君はおろか……頑張ってる黄瀬君の彼女なんて申し訳ないっていう、わあっ!?」

 突然友達の1人が私に顔を近づけてきた。あまりにも近いので、驚いて椅子から転げ落ちそうになった。

、謙遜し過ぎ。ってかあんた本当に高校生?」
「へ?」
「考えが大人だよ。謙虚だね。そういうことに気付けることが、偉いわ」

 友達に感心されてしまった。

「相手に見合う人になりたいってことよね」
「うん。そうかな。同じスタートラインに立ちたいんだ。引け目を感じないように」
「――さっき言ったこと、黄瀬君には?」
「話してないよ。こんな考えを持ったのは、黄瀬君や緑間君に会ったあとだから」
「良かった」

 友達が安堵したように溜息をつく。そして私から離れそのままもう1人の子と意味深な目配せ。

ちゃんって……きっと無意識に男の子を惹きつけるんだろうねー」
「え」
「そうだね。こういう子を守ってあげたくなるのよね、男は」
「え」
「そうだねー」
「そうよね」

 2人が私を置いて会話を進める。私、守ってあげたく……そう、なの? どの辺がそう思えるの?

「少なくとも、そう考えて行動しようとするは、見合わない人じゃないよ」
「そう、なのかなあ……」
「あたしもそう思うよー。例え結果が出なくても過程だって大事なんだからさー」

 ところで、と友達が私に詰め寄ってくる。何、何、何!?

ちゃん……気になってたんだけど黒子君ってあの黒子君なのー?」
「あの黒子君って?」

 ドキッと心臓が跳ねた。

「だってさっき名前出てきたよー」
「!? そーだっけ!?」

 無意識に口走っていたらしい。

「もしかして黄瀬君より黒子君のことが、」
「わああああ待って待って待って待って! ここで言わないで!」

 顔に熱が集まる。熱い。同じクラスなのにっ! 本人に聞かれたらマズい! 非常にマズい!

ちゃん顔真っ赤ー」
「からかうのはやめなよ!?」

 2人はニヤニヤ笑っていた。これじゃあ、黒子君が好きだと明言しているも同然。

「黄瀬君のことは信じるわ。だけど、黒子君の話聞かせなさいね」
「そうだよー。あんまり目立たないあの男子と何があって好きになったのか、ね」

 力強く両肩を掴まれ、私に逃げ場なんてない。

「あ、ははははは……」

 苦笑いしか出来ない。

 女の子ってやっぱり怖いなあ。特に恋愛になると。

 まあ、私もその1人なわけで。

 もちろん怖いだけじゃない。みんな、恋愛に一生懸命なんだ。

 私は観念して、黒子君のことを話すことにした。

 話し終わる頃、2人はどんな反応するのかな。