ヒーローみたいな子だなあ、と思いました。

 黒子君のことを話した後、友達2人は「応援する」と言ってくれた。

 告白とか、そういった話はまだ考えられないと打ち明けると、2人は優しく「頼りたくなったらいつでも相談してよ」と微笑んでくれたのだった。


***

 なんて、和んでいたのが懐かしいよ!

 マズいマズいマズい……。私は冷や汗を浮かべ、お手洗いのドアの前に立っていた。危機的状況なのに、お手洗いが混んでて入れないからマズいとか、そういうことではないのだ。

ってあんた?」
「そう、ですけど……」

 目の前にいるのは2年生らしき女の子3人。昼休み。友達がお手洗いに行ってるので、私は廊下で待っていたのだけど。突然怖い顔した先輩方に囲まれたのだ。

「あんたさあ、チョーシ乗ってるでしょ」
「えっ」

 リーダー格らしき茶髪の先輩が、

「黄瀬君に媚び売ったんだろ」
「黄瀬、君……。違います! 付き合ってるとか、あの噂は違うんです」
「とぼけんなよ。今、写真出回ってんだからな!」

 私に押し付けるようにスマホを見せてきた。その画面には手を引いてる黄瀬君。そして、彼に引かれている私の写真。

「あ……」

 ああ、会場に入る時の! あの時は何も思わなかったけれど、客観的に見れば、そういう仲に見えるかもしれない。

 いやそれより。どこでこんな写真を手に入れたんだろうか。

「ブスが黄瀬君と付き合えると思うなよ」
「そうだよ、黄瀬君はみんなのなんだから!」
「早く別れろ!」

 他2人の先輩も茶髪の先輩に同調する。違うんです誤解ですと否定しても、納得してくれない。友達はまだお手洗いから出てこない。

 廊下にいる生徒はみんな、知らないふり。誰か助けてくれる人はいないのだろうか? ……無理だよね、こんな面倒くさいことに首突っ込む人なんかいない。

 ああ、こんなやりとりうんざりだ。何回やったんだ、同じことの繰り返しだ。

「違うんです、それは」

 説明をしようと口を開いた時だった。


「……火神君!」

 先輩方が言葉を切り、ぐるりと後ろを向いた。
 先輩方の背後にいたのは身長190センチはある火神君だ。赤と黒のツートンカラーの髪に、制服を着崩している彼は、見ようによっては不良だ。首から下げてるシルバーの指輪が鈍く光る。

 先輩の誰かが小さく呻いた。驚いてるみたいだ。彼に威圧されてるんだ。……私も、交流がなかったら怖いと思うだろう。

、いいか?」
「う、うん?」
「んだよ1年っ。こっちが先に話してんだろっ」

 茶髪の先輩がすごむ。が、

「は? 少なくともはお前らと話したくはなさそうだけどな」

 と、目を細める。私は縋るように火神君を見た。助けて欲しい。そんな思いが伝わったのか、火神君が更に言葉を重ねた。

「わりいけど、こっちが急用なんで。借りるぜ。……先生に呼び出し食らってんだ」
「――うざ」

 茶髪の先輩が舌打ちし、覚えてろよ、と言うように視線を私に向け睨んだ。一瞬私が竦み上がったのを見届け、先輩方はそのままどこかへ行ってしまった。

「……ありがとう」
「マジで『覚えとけよ』って言うやついるんだな」

 火神君が先輩たちの背中を睨んでいる。
 完全にその姿が見えなくなったところで、私の方に視線を向けた。

「なあ、さっきの何だったんだよ」
「黄瀬君ファンの人……、私と付き合ってるって勘違いしてるみたいなの」

 火神君に事情を簡単に説明する。黄瀬君の名前が出て、興味を示していたけれど、最後は他人事のようにこう言った。

「ふーん、お前も大変だな」
「ははは……。きっとすぐに収まるよ。黄瀬君にはめったに会わないんだし。それよりさ、私、先生に呼ばれてたんじゃなかったっけ」

「ああ。あれは半分嘘だ。先生が呼び出ししてんじゃねーよ。降旗が本返せって言ってたぞ。期限昨日だったんだろ」
「お手洗い寄ってから図書室行こうと思ってたの。でもほら、さっき捕まってたから」

 持ってた本を火神君に見せる。

「なるほどな。つーかよく図書室行くよな。ホント、お前本好きだな」
「うん、大好き!」

 胸を張って答えた。読書は私のエネルギー源だから。

「ごめんね、友達が帰ってきたらすぐ行くよ。わざわざ伝えにきてくれてありがとう。それから、助けてくれてありがとう」
「おう……、お前が迷惑そうな顔してたからついでだ。別に礼はいいよ。あ、でも」
「でも?」
「次の古典、当たるから助けてくれないか」
「――もしかして、そっちが本題だったんじゃない?」

 火神君が笑ったので、私もつられて笑った。どうやら正解のようだ。以前黒子君と、火神君の勉強を見たことがあるのだ。助けてくれたお礼もかねて、次の時間は助けてあげよう。

「あれ、でもさ。本返してって言ったのは黒子君じゃないんだ?」
「そうだな。降旗だった」
「そっか……」

 少し引っかかった。黒子君がいるのだから、降旗君は黒子君に頼めばいいのに、と。私と黒子君は同じクラスだし、いや、別に不自然に思わなくてもいいことなのだけど。

 なんか、すっきりしない。

 最近は黒子君とも会話してない。同じバスケ部の火神君なら彼の様子を知ってるはずだ。

「そういえば火神く、」
「あー、もうごめんね。今日いきなり生理きてさあ!」
「そーゆーの大声で話しちゃいけないと思うけどー?」

 私の後ろ――お手洗いのドアが開く音がして、友達2人が出てきた。あ、どうりで遅いと思っ、いや、そうじゃない。

「あの、火神君いるからそういうのは」
「ん、何だいたの」

 火神君は若干バツの悪そうな表情で私たちを見ている。

「ほらねー」
「……ったら、火神に告白でもされてた?」
「違うっ!」

 友達は自分の発言に恥ずかしいとかは思ってないようで。むしろ、私に話が移ったので大いに慌てた。

「違うよねー。が好きなのは黒子君」
「ぎゃあああああ!?」
は黒子が好きなのか」
「火神君にもバレたあああ!」

 お手洗いの前で騒ぐ女子3人と事態がよく飲み込めてない男子1人。

 端から見たらすごく変な行動してたと思う。

 そう考えると、顔から火が出るくらい恥ずかしかった。