行動が読めない子だなあ、と思いました。

「うん、大好き!」

 彼女が嬉しそうに笑う。

 その先に居るのは――彼だ。

 その笑顔が目に焼き付いて、胸に貼り付いて、苦しくなる。


 目まいのように、くらりと視界がぼやけて、揺れた。


***


「火神にバレたわね、あれは。確実に」
「もうっ! そうなったのは2人のせいなんだから! ワザとでしょ」

 膨れっ面で言い返す。結局、「友達として好き」だなんて苦しい言い訳を火神君にしてしまった。念のため、このことは他言無用と約束させた。火神君は恋愛に興味がないみたいで、面倒くさそうにうなずいていたけれど、私があまりにもしつこかったせいか、最後は顔を引きつらせながらも「言わねーよ! 黒子にも! つーか誰にも!」と承諾した。

「さっきのちゃんの顔、怖かったよねー」
「ねー。鬼みたいな形相でさあ。火神ったらの迫力に負けてたよね。マジウケる。大男が小さい女子に負けるって」
「写真撮れば良かったー。珍しいんだもんー」
「面白がらないの!」

 呑気な友達2人。私が不機嫌になっても気にしていないみたい。――その原因になったのは2人のせいなんだからね!

 そんな会話をしているうちに、私たちは当初の目的である図書室へ到着した。

「じゃ。私たちはテキトーにそこら辺をうろついてるから」
「うん、用が済んだら声かけるね」

 2人と別れ、カウンターに座る降旗君のもとへ向かった。

「降旗君久し振り。これ、借りてた本」
さん、久し振り」

 降旗君が軽く手を振ってくれる。彼とは黒子君と話すようになってから知り合った。バスケ部だし、部活を覗きに来た時から、ぐんと距離が縮まった気がする。本の話もする。黒子君ほどじゃないんだけど。やっぱり、本の趣味は黒子君と一番近いのだ。

「ごめんね。明日だと思って、1日勘違いしてたの」

 持ってきた本を返すと、降旗君が申し訳なさそうに

「良いって! こっちこそ急かしてゴメン。その本、借りたがってる人がいっぱいいるから、どうしても今日中に貸さなくちゃいけなかったんだ」
「ああ、そっか。人気の本だもんね……」

 最近ドラマになった話題作だからだろう。予約がいっぱいあったはず。私も、この本は2週間待ちしてやっと借りれたっけ、と思い出した。

さん、いつも毎日来てくれてだろ? それが急に来なくなったからさ、何かあったのかと思ってた。火神みたいに」
「え、火神君?」

 思わず間抜けな声が出る。意外な人物の名前が出てきた。

「火神君、何かあったの?」

 私の質問に、降旗君は丁寧に答えてくれた。

 桐皇の試合で足の筋を痛め、2週間の絶対安静を余儀なくされたこと。
 練習に参加出来なくても部活に来るべきなのに、治るまで一度も顔を出さなかったこと。
 戻ってきても、自己中なプレーが目立ち、周りを全然頼ろうとしないこと。

「黒子と1週間話してないらしいし、火神はピリピリした雰囲気で近付きづらいし……」
「そうなんだ……」

 あの2人、そんなに話してないんだ。同じクラスなのに全然気付かなかった。

「だから、申し訳ない事したかなーって思ったよ」
「私に?」
「そう。火神がそんなんだったから、話しにくくなかった? 少し怖い雰囲気があったっていうか」
「そんなことなかったよ」

 首を横に振る。むしろいつも通り。いつも通りすぎて、降旗君が嘘をついているんじゃないかって思ってしまうほど。

 さっき私を助けてくれた火神君は、どこも変わった様子がなく、普通に私と接してくれた。それどころか、授業の助けを求めてきてた。確かに試合が終わった直後は、落ち込んでいる感じはしたけれど。

 じゃあ、部活の時だけ変なのかな……。なんて考えたりなんかして。

「――黒子にさんへの連絡を頼もうと思って、探したんだけど見つからなくて。あいつ、今日俺と係が一緒なのに。いつもは俺より早く来るんだよ。珍しい事もあるよな……さんに連絡しようと思って図書室から出たら、火神がちょうど通りかかって、それで、同じクラスだし、頼んだんだよ。

 黒子が来てないから、長く持ち場を離れるわけにもいかなくて――今考えれば、普通に放送で呼びだしてもらえば良かったんだよなあ。まあ、火神と何もなかったなら良かったよ」

 思考していて、なんとなく降旗君の言葉を聞き流してしまっていたのだけど……やっぱり引っかかることがあった。

「……黒子君まだ来てないの?」
「うん。でも影薄いし、俺が気付いてないだけかもしれない」

 冗談めかして話す降旗君。私は微笑んでみせたけど、なんだか心が落ち着かなかった。

 火神君は変だと言われてたけど、話した感じ、そんなところは1つもなかった(もしかしたら部活の時だけ変なのかも。火神君は嘘や隠し事が苦手そうだ)。

 黒子君はいつも通りらしいけれど、私にはちっともそう思えなかった。未だに話も出来ていないし、あの日、インターハイ予選を見に来るよう、誘ってくれた答えも聞いていない。

 ――おかしいのは、誰?

 影の薄いその子が、とても心配になった。

さん?」
「え」

 降旗君が怪訝そうに私を見ている。どうやら、何か訊かれていたようだ。考え事をしていたから聞き逃していた。ああ、申し訳ない。

「ごめん。何だったかな」
「いや、さん、最近毎日来ないから珍しいなって」
「ふふ、実は部活忙しくてね」
「文芸部?」
「うん」

 部活、というよりは執筆が忙しいのだ。

「へえ。忙しいのに嬉しそうだね」
「ん。最高に楽しいよ。それもこれも、誠凛バスケ部のみんなのおかげだよ」
「えっ、どういうこと」
「それは。うちの文芸部誌が出来るまで、内緒」

 人差し指を口に当ててにっこり笑えば、降旗君が一瞬固まって、「あ。あああああ、うんうん、そっかそうだよな。うん」なんて明らかに動揺していた。何か変なことあったのと訊いても何でもないと言い張った。……変な降旗君……。


***


 降旗君とのお喋りを終えて、私は本棚を適当に見て回っていた。何かないかな。この辺はほとんど読んじゃってるんだよなあ……。

 上の方ばかり見て周りを確認していなかったため、私は誰かにぶつかった。

「すみません!」

 視線を戻し、慌てて謝ると

「いえ、こちらこそすみません」

 見覚えのある顔が。途端に心拍数がぐんと上がった。

「黒子君……」
「はい」
「ひ、久し振り」

 いやいや、教室で顔を会わせることは多いでしょう。私は何を言っているのだろう。おまけに声が裏返っておかしなことに。

「そうですね」

 黒子君はいつものように真顔でお返事。あれ、案外普通に会話出来てる? 会話出来なくて、悩んでいたのが馬鹿らしくなってきた。

「降旗君が捜してたよ」
「少し用事があったので遅れました。彼にはさっき謝ってきましたよ」
「そっか、」
さんは降旗君と仲良いんですね」

 黒子君が私の言葉を遮った。

「火神君とも」
「あ、え……うん」

 黒子君、いつもと違う?

 沈黙が私たちの間に訪れる。図書室は話をする人がいなくて。音がこの部屋だけなくなってしまったかのようだ。

 私と黒子君は、しばらく互いに見つめ合っていた。こんな沈黙、マジバーガーで小説書いているのを見られて以来だ。

 小説書くのは好きですか。そう、質問されたんだっけ。



 このまま見つめ合っていたら、黒子君の瞳に吸い込まれてしまいそう。

 でも、逸らすことは出来なかった。黒子君の瞳の奥にある感情を読み取りたかったせいだろう。何を考えているのか知りたかった。けど、そんなの無理な話で。

 高鳴る鼓動のBGMに耐えられず、私から沈黙を破った。ずっとずっと言いたかったことを。

「あのね、試合見に行ったよ。桐皇とのやつ。それでね……何で黒子君が試合を見てほしかったのか分かったの」
「……」
「黒子君?」

 黒子君の様子がおかしい。瞳が微かに揺れ、

「それなら良かったです」

 掠れた声で答えた。何だか弱々しかった。試合の時の覇気は見られない。しょんぼりしているような気がした。よく観察しなければ解らない微妙な変化だ。

 好きな人だから、小さな変化が解るのかも。

 私は確信した。黒子君、絶対何かあった。

「何かあったよね」
「いえ、」
「あったよね」

 私は食い下がった。

「……僕自身の問題なので、さんは心配しなくて大丈夫です」

 案の定断られたが、

「私に出来ることなら言って」

 勇気を出して提案する。


「だって、本仲間なんだし」

 好きな人だから助けたい。それ以上の理由なんてない。

 私の発言に目を丸く見開いた黒子君は、やがて、

「じゃあ、少し目をつぶってもらって良いですか」

 こんなことを言った。

「それだけで良いの?」

 彼はただうなずいた。

 私は黙って目をつぶった。こんな簡単なことで良いなんて、黒子君は何を悩んでいるのだろう。

 しばらくして――聞こえたそれに答えようとしなければ。目を開けようとしなければ。ショックは少なかったかもしれない。










「火神君には謝っておきます。だから、今だけは……」


「火神君が何――」














 紡ぎかけた言葉は、

 柔らかな唇で蓋をされた。