元気をもらえる子だなあ、と思いました。
黒子君を何となく避けるようになってしまい、1週間が経過した。
「うう、黒子君、私の事どう思ってるのか分かんないよ」
その日も暗鬱とした気分で家に帰った。黒子君と話せなかったのだ。休み時間になるとどこにもいないのだ。私も図書室避けるようになったしなあ……。自分の部屋のベッドに寝転んで大の字になる。お気に入りのぬいぐるみでさえも、私の気分を晴らしてはくれない。
ここのところ黒子君のことしか考えてない。授業はちゃんと聞けるようになったけど、いつも通りの私には戻ってない。
「黒子君……私のこと、ただの本仲間って思ってるわけじゃないのかなあ」
「私のこと、好きなのかな」
……うわ。
自分で言っておいてあれだけど、恥ずかしくなってきた!
「いやいやいや! ないない! ぜぇーーーーったいない! お、思い上がりも甚だしい!」
私のどこに好きになってくれる要素があるのだろう? 黒子君に出会うまでは自分は何の努力もしないし、放棄してきたのだ。
こんな自分、黒子君が好きになってくれるとでも? 釣り合う自分になるため、今頑張ってることがあるのだ。釣り合うようになったら……その時は、その時は!
「ってそうじゃなくてええ! それも大事だけどそうじゃなくてええ! 黒子君がどうして私にキスしてきたのかが問題なんだよおおお!」
枕に顔を埋めて足をバタバタ叩きつけた。
私と黒子君は付き合ってない。
まず、これが重要。
・黒子君と私は本仲間。
・私は黒子君が好き。
・釣り合う自分になったら告白したい。
未だにあの事件から混乱している頭を整理してみる。
あー、とか、うー、とか枕に声を吸収されながらも考えをまとめていく。
・黒子君はインターハイ予選の大会で桐皇に負けて以来元気がない。
・やっと話せたと思ったらキスされた。
・黒子君は私に好意を持っているのか。
・私のことどう思ってるのか。
そう、それが最大の疑問だ。
もしかしたら、なんて淡い期待を打ち消し悩む。
訊いてみたい。
けど、怖い。それは私の思い上がりなのでは、と。勘違いしてるのではないのかと。
何で黒子君は私にキスしたのか?
もしかしたら……、私のこと嫌いになったのかも。
そう考えると心が凍りつきそうになった。私のことが嫌いになったから嫌われようとした。キスという行為で。キスなんて、好きじゃなくても出来るよね? 心を空っぽにして口を重ねるだけの作業だと思えば……。
「き、嫌われるようなことしたのかなあ」
自分で考えといて泣きそうになるなんてバカみたい。だけど、一度そう思うとそれが真実のような気がして、
「黒子君」
頬に熱いものが伝う。涙が顎にまで滴って、慌てて袖で拭った。違うってば! 黒子君が直接言ったわけじゃないの! 私の想像だから、違うから。
「どうしたらいいんだろ?」
黒子君と話をしない限り、私はいつまでも落ち込んだまま学校に行かなければならない。
しかも厄介なのは、
「まだ好きだもんなあ」
あのキスが拒絶だったとしても、私はまだ彼を好きでいるのだ。
諦められないのだ。
びっくりしたよ。それはもう。喜んでいいのか泣いていいのか怒っていいのか分からなくなってたよ。でも、好きなのだ。どうしようもなく。理屈でなく。恋い焦がれている。
「うう、とにかく、黒子君と、話、しよう」
そうだ。とにかく話をしなきゃ。そうしなきゃ前に進めない。何もしないでいる時のあのどうしようもない虚無はもう、味わいたくない。
諦めない。それを教えてくれたのは他でもない、黒子君なのだから。
「あう、というかどうやって黒子君と話をつけたら……。避けられてるし……」
そんなときだった。
突然、部屋にポップな着信音が鳴り響いた。
あ、メールが届いたんだ。携帯を手にとって確認。
差出人は――。
from:黄瀬涼太君
件名:こんばんわ☆
さん今日もお疲れさまっス(☆>ω<)ノ
学校生活も大変っスよねー
俺は今日も部活頑張ったんスよ!いつもの3倍キツかった練習メニューちゃんとこなしたっス( ○・`ー・´)ドヤッ
さんは調子、どうなんスか?文芸部っスよね?どんなことやるんスか(´?ω?`)
「…………」
黄瀬君だった。
そう、黄瀬君はメアド交換したあの日以来、ちょくちょく送ってきてくれるのだ。
女子顔負けの顔文字使い。なんだか黄瀬君らしい。笑みが浮かんでしまう。今悩んでることが、霞んでしまうような。そんな、明るい文面だ。
私はといえば、
To:黄瀬涼太
件名:こんばんはー
こんばんはー。今日も練習お疲れさま
3倍とか見当もつかないんだけど、大変だったんだね?
文芸部は作品を月1で提出して部誌を発行するから、普段から何かしてるわけじゃないなあ。
文化祭とか、大きな大会にはミーティングがよくあるよ
と、顔文字は一切使わない。素っ気なく見えてしまうけど、自分の気分に合った顔文字を選ぶのが苦手だから、こうなってしまう。
送って1分も経たないうちに再び黄瀬君からメールが届いた。部活で疲れてるはずなのにタフだなあ。さすがキセキの世代。いや、関係ないか。運動部は体力あるから、だよね。まあ、黒子君のことをそんなに考えなくて済むから良いんだけど……。
しばらくメールでのやり取りをしていると、突然メールが来なくなった。10分過ぎてもスマホは沈黙したままだ。寝ちゃったのかしら。そう思った時だった。
スマホが振動した。メールより激しいロック調のメロディーが流れる。
「わわっ」
びっくりして携帯を取り落としそうになった。電話、だ。慌てて通話ボタンを押す。
「黄瀬君?」
『あ、さんスね』
これまた懐かしい声が電話口から聞こえた。黒子君とはまた違った、耳に心地いい声だ。
「びっくりしたよ。いきなり電話が掛かってくるんだから。どうかした?」
『どうかしたのはさんじゃないっスか。なんかメール見たら元気なさそうだから心配になったんスよ』
「え、メールで分かるもんなの?」
『分かっちゃうんスよねえ、これが』
電話の向こうで黄瀬君は得意気な声をあげた。自信満々、といった様子で。
『行間から漂う暗い感情を読み取ったんスよ」
「そんなバカな」
『モデルになると誰でも出来るっス』
「嘘ばっかり!」
私がクスクス笑うと、黄瀬君はああ、やっと笑ったと呟いた。
『暗い声で心配っス。さん、何があったんスか? 黒子っちが原因っスか?』
「えっ。……これも分かるの?」
『ってゆーか、さんは俺と話すと黒子っちのことばかりっスよ。気付いてなかったんスねー』
「あれー……そうなんだ?」
それは気付かなかったよ。私ったら黒子君のこと考えすぎじゃないか!
「えーと、その。黒子君と喧嘩といいますか、気まずくなってね。避けられたというか」
しどろもどろになりながら黄瀬君に説明する。黒子君が好きだということは省く。キスされたことも省く。といっても、前者の方は察している気がする。だって黄瀬君、私のこと理解しすぎだもん。
……何で黄瀬君に相談しているんだろう。親しみやすい男の子だなあとは思う。だからなのだろうか。いや、黒子君と同じ中学だったからかも。黒子君のこと知ってるもん、黄瀬君は私より。
「――それで、どうしたら黒子君と話せるかなって思ってさ」
説明し終わると、沈黙が訪れた。黄瀬君が小さく「うーん」と唸っている。考えているのかな。こうして親身に考えてくれるのすごいな。黄瀬君、ファンの女の子にはマメそうだよね。
『黒子っちと話がしたいんスよね』
「うん。直接ね」
『でも避けられてると……』
「うん」
『じゃあ、手紙はどうっスか?』
「手紙?」
少しの沈黙のあと、黄瀬君がそんなことを提案した。
『さん文章書くの得意なんスよね? 直接話せないなら文章にしてみたらどうっスか? メールはちょっとケーハクなんで直筆の手紙で!』
「な、なるほど!」
それは何だか良いアイディアのように思えた。もし読んでもらえなかったらと不安に思う。でも黒子君はちゃんと読んでくれるはずだと、気持ちを奮い立たせた。
「ありがとう黄瀬君!」
『さんが元気になったら、それで良いっスよ』
あんなに頭を悩ませてたのに、こんなに早く解決法が見つかるなんて。誰かに相談するって大事だなあ。友達も相談してよって言ってたな。黒子君だって……、私がスランプの時に話してくれって連れ出したんだよね。私の悪い癖だ。気をつけよう。何でも1人で抱え込まないように。
『――それにしても、さんはホント黒子っちが好きっスよね』
「え」
『話したいって何スか。告白っスか?』
「え」
黄瀬君の楽しそうな声の調子に身体ごと固まった。え、分かるの?
「え……それもモデルになると誰でも分かるの?」
『これはさんが黒子っちを見てる姿を見てると誰でも分かるっスよ?』
「え」
『え』
「あ、あ、きゃああああああああああああ!!」
うわあうわあ! やっぱりバレてた! 改めて言葉にされると恥ずかしい!
何で私こんなにも分かりやすいの? ポーカーフェイス出来ないの?
あまり話したことない黄瀬君にすら知られてるって何なの!?
顔は火照るし頭は軽くパニック状態。キスされたのよりかはマシだけど!
『ちょ、えっ、さん大丈夫っスか!?』
黄瀬君の声で我に返る。ベッドでのたうち回った音が聞こえていたようだ。
「わわっ、ごめんっごめんっ! 私っ、そんなに分かりやすかったかなっ!? 黒子君にバレてないかなあっ!?」
『ホントにさんって、黒子っち一筋っスよね。いや、さっきも言ったんスけど、黒子っちの話ばかりだし試合見てた時の視線が「恋する乙女」そのものだったんで。そうかなーって。勘っスよね』
バレてはいないんじゃないっスか、多分。黄瀬君がそう言って、言葉を切る。
『黒子っちってガード固いと思うっスよ? 告白しても付き合えないかもしれないし』
「……告白……じゃないんだけどさ、私、黒子君にお礼が言いたいし色々訊きたいことがね、あるんだ」
断られるかもしれないのは分かってる。
「黒子君も黄瀬君もね、バスケ頑張ってるでしょう? 私は負担になりたくないんだ。そりゃあ、追い付いて肩並べるくらいに成長しようと私なりにやってるけどさ」
告白したい。断られるだろう覚悟も出来てるのだ。一緒にいたいけど、私に気をとられてバスケを純粋に頑張れなくなったら嫌だから。
「私の気持ちを打ち明けたい。好きって言いたい。それだけだよ。付き合う、付き合わないかはまた別の話。
心配してくれてありがとう」
黄瀬君が、黙ったままだ。
「黄瀬君?」
『いーなー、黒子っち……何で黒子っちはっちを本仲間止まりにするんスかね!』
「え、」
『っちが報われて欲しいっス!』
黄瀬君が叫ぶような声をあげたと思ったら何だか拗ねてるような調子になった。
それにしても、
「っち?」
『俺は認めた人にしか「っち」ってつけないから。っちは俺が認めた、強くて可愛いスッゲー奴。そーゆーことっスよ』
「そっ、そっか! ありがとう!」
可愛いとか強いとかそんなの全然だよ! でも、黄瀬君に言ってもらえると頑張れそうだ。
さあ、この電話を終えたら黒子君に手紙を書こう。