素敵な言葉をくれる子たちだなあ、と思いました。

『あー……、そういえば、っち』
「うん?」
『ウワサで聞いたんスけど、ファンの子がっちと俺が付き合ってるって広まってるみたいっスね』
「あ、……うん。そう、なんだよね……」

 黒子君のことで頭がいっぱいだったから、どうにもそういうことがすっぱり抜け落ちていた。

 黄瀬君は、ゴメンなさいと謝ってくれた。別に、彼が悪い訳ではないと思う(むしろ、噂の相手が私だし、こちらが謝りたいくらい。彼女たちは、私が普通の、地味な女子高生だから、怒っているんだろう。もしも、私がある程度――例えば、読者モデルとか、ちょっと特別な感じのことをしていれば、そんなに怒らなかったんじゃないかな)。

 ファンの子たちにはしっかり説明しておいてくれるそうだ。誤解、それで解けるのかなあ……。そうなったらいいんだけど。あの日、手を繋いだのは事実。でも、付き合ってる訳じゃないんだから、本人の口から説明があれば、そのうち収まるよね。

 人の噂も七十五日っていうもんね。
 いつもの日常が戻るのを信じよう。

『――まあ。っちとなら勘違いされてもいーんスけど』
「……」
『ちょ、無言が心に突き刺さるからヤメテ! 冗談っスよ、っち!』
「は、ははは」

 う、ちょっと本気にしちゃったよ。黄瀬君って、たまに冗談か本気か分からない時があるなあ。

 そこからまた少しお話をして。電話を切ったのは、1時間半後だった。黄瀬君の電話代、大丈夫かな……。モデルでお金貰ったりしてるだろうけど、長引かせちゃって申し訳ない。

 そんな心配をしつつも、私は早速勉強机に向かった。黄瀬君のアドバイスを実行するからだ。
 引き出しからレターセットを取り出す。……うん、使い切らなかった水色があった。これにしよう。爽やかな、夏を思わせる便箋。ソーダアイスみたいな、色。手紙なんて、何年ぶりに書くんだろう。

「よーし、何から書こうかな」

 ペンを取る。書き出しは――どうしよう?
 拝啓? かしこまりすぎかな。

 目を、閉じる。
 黒子君との出会いを思い出す。

 届かなかった本を、取ってもらったこと。本の好みが似ていて、お薦めしあったこと。本仲間になったこと。試合を見にいったこと。キス、されたことーー、

 色んなことが、シャボン玉のように浮かんでは消える。私と黒子君の思い出。短い期間だけれど、こんなにも満たされいて、忘れられない。

 そっと唇をなぞる。……あの時は、びっくりした。嬉しかった。でも、彼の気持ちがどこにあるのか、全く分からない。

 私は、伝えたい。聞いて欲しい。読んで欲しい。

 話がしたい。

「……私は、」

 驚くほど簡単に、書き出しが決まった。そこからはもう、呼吸をするように文章が浮かんでくる。スラスラ、ペンを走らせていく。

 私が黒子君への手紙を書き終えたのは、深夜3時を回った頃だった。


***


「ね、眠い……」
「そりゃあ、目の下に隈作ってればねえ」
「ねー」

 次の日。私は大きな欠伸を噛み殺しながら、お弁当を食べていた。いつもの友達2人も一緒にね。机を3つくっつけてお弁当を広げ、お喋りをして過ごすのが、毎日の昼休みの過ごし方だ(図書室で本を借りて読者することもあるけど)。

 友達に隈を指摘されて、私は苦笑いを浮かべる。コンシーラーでも何でもいいから、隈を隠してくれば良かったかな。心配顔だもの、よっぽど目立つに違いない。

「寝れなかったの?」
「まあ、うん」

 手紙を書き終えて、ベッドに入ったのはいいものの、目が冴えて眠れなかった。うとうと微睡みを繰り返して、……結局2時間も休めなかった。だから、今日は早めに登校した。だって、ちょうど良かったんだ。書いた手紙を誰にも見つからず、黒子君の靴箱に入れることが出来たんだから。

 私が直接渡すことは難しい。あれ以来、黒子君は私と話すこともないし、2人きりも避けているから。あ。今更思いついたんだけど、友達に渡してもらえらば良かったかな。それか、火神君か降旗君に頼むとか。そうすれば、確実に受け取ってもらえたかもしれない。こうと思えば一直線に、それしかやれないのが、私の悪い癖だな……。

「宿題、出てたっけー?」
「ううん。手紙、書いてたの。それで集中してたら日付変わってた……」
「誰に書いたのー、ちゃん」
「……えぇと。黒子君」
「ふうん、ラブレター?」

 友達2人がニヤニヤしている。や、やめてよ……からかう気満々だよね? あまり隠し事はしない方がいいなと思って、正直に話すことを決めたばかりなのに。

が行動を起こすなら、私らも頑張るわよ」
「頑張るー」

 と、2人がスマホを取り出して操作する。んん、何? 

「何してるの?」

 私の疑問に、1人が携帯の画面をこちらに近付けた。えーと、これは……。『交流掲示版』?

「掲示版?」
「うん。ここら近隣の高校に関する掲示版。学校裏サイト、とはまたちょっと違うんだけど……。、知らなかった?」
「初めて聞いた」

 寝耳に水だよ。

「ま、知らなきゃ知らないでいいか。どうりで想像以上にいつも通りだったのねえ」
ちゃん、ネットサーフィンとかあんまりしないんだねー。多分誠凛の女子はほとんど知ってると思うんだけどー」
「暇さえあれば本読んでる」
『デスヨネー』

 2人して声揃えないでよー!

「元々、ここはカッコいい生徒とか先生とか。学校行事の話題とか。他校の生徒同士の交流目的で立てたらしいの。誹謗中傷はNG。プラスの話題だけしか書き込まないルールの掲示版なのよ」

 曰く、黄瀬君の目撃情報とかも書かれるらしい。スクロールされていく画面を目で追うと、バスケ部の話題を発見した。秀徳、海常、桐皇のイケメン発見と……。あ、緑間君の写真。隠し撮りされたのかな。隣にいる黒髪の、目つき鋭い感じの人は、お友達なのかなあ。

「で、そんな誹謗中傷禁止の掲示版に、の話題がのぼってきてたわ」
「えっ!?」

 またまた寝耳に水! バケツの水浴びせられたくらいの衝撃だよ!

 友達は、私に見せていた携帯の画面を閉じた。苦笑いしてる。も、もしかして。

「え、えーと……相当酷く書かれてるの……」
「まあね。誹謗中傷を書き込むのは他所でやれっての。こういう輩がいるから困るわ」
「皆、スルーしてるから。最近はあんまり書き込みは見なくなったよー。でもね、黄瀬君とちゃんが手を繋いでる写真だけは、未だに出回っているのー」
「あー」

 この間、トイレの前で私に突っ掛かってきた先輩は、ここから写真を入手したのかな? ネットにまで黄瀬君の噂が出ているなんて、とんでもない事態になっているんじゃないの!?

「どどど、どうしよう!? マズいよね!?」
「私らは、が黄瀬君と手を繋いだのは、成り行きだったって説明受けてるし。ねー?」
「あたしもー。黒子君のこと好きなの知ってるしー。ちゃんを信じてるからー」
「だから、この掲示版にね。違う噂を書き込むことにしたわ」

 と、また件の掲示版を見せてくれた。
 そこには、

『黄瀬のカノジョじゃないらしいよ』
『誠凛の図書室で違う男子とよくいる』
『付き合ってるって聞いた』

「これ、2人が書いたの?」

 他にも、黒子君と私に関する書き込みがたくさんされている。

「そうだよー。黒子君って影薄いし、写真とかは無理だったんだけどさー、噂が噂を呼んで、黄瀬君との噂は霞み気味ー」

 噂は噂で打ち消すべし。もう少しすれば、黒子君と私が付き合ってるのでは、という噂になって自然に消えていくだろう、とのことで。

「そんな上手くいくの……?」

 ちょっと不安。まさか、2人がそんなことしてくれてるなんて、思わなかった。けど、これはあまりにも賭けじゃないのかな……。

「あんたら2人が仲良く登下校とかしてる写真撮れたら、確実に皆信じるでしょうね」
「む、無理だよ! 第一、付き合ってないのに……。それに、あの。好きだけど、付き合う気なんて……」
「んんん!? 付き合う気なんてないとか言わせないから! 付き合えバカ!」
「ばっ、」

 バカって言われた!?

「『私、聞き分けのいい女の子です』なんて、男の幻想だわ! んな女いないってーの。告るんなら、付き合いなさいよ。好きって言って満足するのは嘘だね! もっとワガママになんなさい。恋愛なんて、付き合うまではワガママでいいわ!」
「わ、ワガママ」
「私を好きになってっていう、ワガママ。告白ってそうじゃないの! 自分の気持ちを相手に伝えて、初めて『恋愛』の始まりよ。そんで両想いになって、若いうちにいちゃこらしとけっ。制服デート、やりたいじゃないの!」

 ねえ最後。本音、漏れてる漏れてる。

「でも、迷惑じゃないのかな……付き合うのとか。あっちは部活頑張ってて、そんな……ねえ」

「あのねえ! 好意持たれて迷惑なこと、そうそうないから!」

 ――好きなら、その人の傍にいたいでしょーがっ!

「傍に、」

 私は自分に問いかけてみる。

 黒子君を想うこととか。会って話がしたいこととか。私の気持ちを打ち明けることが、もうワガママならば。この際、とことんワガママになっていいんじゃないか、と。

 そうしたら。そうしたら――うん、私は――

は、――もうちょっと、欲望に忠実になってよ」

 はい、としか、うなずけなかった。

 と、教室が水を打ったように静まり返っていることに気付く。友達の熱弁に、皆話を止めて聞き入っていたのかもしれない。ちらっと観察してみる。女子はほとんどが共感しているのか、ひたすらうなずいているし、男子は男子で青い顔をしている。幻想をぶち壊された、みたいな。そんな雰囲気……。

「よっ! 姉御。年齢詐称がセーラー服着てる!」
「茶化さんでよろしい」

 何故か、教室は拍手喝采の嵐に包まれた。拍手を全身に浴びる大スターのように友達が囃し立てられているのを、私は笑いながら見ていた。

「――だって、親友には悲しい思いをして欲しくないもんねー」

 もうひとりの友達が、こそっと私に耳打ちした。その言葉と相まって、私はちょっとだけ、じわっと目頭が熱くなった。

「ありがと」

 黒子君、私ね。傍にいたいな。

 黒子君の隣に、いてもいいですか?