気持ちに応えたい子だなあ、と思いました。
『黒子テツヤ君へ
この手紙を読んでくれてありがとう。差出人は、です。お話をしたくて、手紙を書きました。
話をしたいと思って黒子君を探しても、授業以外で姿を見つけられなくて。避けられているのは分かっています。だから、こうして手紙を書いてみました。
何でだろう、いざ改めて書くと敬語になっちゃうな。変なの。敬語は私らしくないから、いつもの口調で書いてみるね。
きっと、とても長くなると思う。飽きたら、途中で休んでね。でも、最後まで読んで欲しいな。
まず、黒子君に知っておいて欲しいことがあるの。
前に、黒子君は私を連れ出して「元気がないのは文芸部にあるんですか?」と訊いてくれたことがあったね。あの時、とても嬉しかったよ。でも、黒子君に打ち明けるのは抵抗があって、何でもないって誤魔化したよね。
実は、高校の文芸部ではなくて、中学の時の文芸部にスランプの原因があるの。それを今から説明してみるね。黒子君には、知ってもらいたいから。
黒子君は知ってるよね。私は読書も好きだけど、お話を書くのも好きだってこと。昔から、寝る前に空想してた。私がお姫様だったり、ドラゴンと旅する戦士だったり、空を自由に飛び回る不思議な能力を持っていたり――。頭の中の物語を、いつしかノートに書き込んだりしてね。人によっては、これが「黒歴史ノート」なんて代物になるらしいけど。それでも、私の創作の原点は、きっとこれなんだと思う。
話が逸れました。
中学2年生の時。クラス替えで、初めて友達になった子がいたの。その子を仮にAちゃんとするね。
Aちゃんは、とても絵が上手くて。絵画コンクールで入賞するほど、実力もあったの。
その子は、私が文芸部に所属しているのを知っていて、私の作品を読んだことがあるらしくて。声を掛けてくれたんだ。
「私、あなたの書く話が好きだなあ」
それが、どんなに嬉しかったことか。初めて友達に褒められたんだよ。皆、携帯小説は読むけれど。縦書きの、ましてやプロではない同級生の稚拙な作品なんて、最後まで読んでくれる子は少なくって。感想をくれる貴重な子。それが、Aちゃんだった。
私も、Aちゃんの絵が上手くて素敵だから、見せてもらう度に感想を言ったよ。私の知らないアニメやマンガの――ファンアート、とでも言うのかな。そういうのも中にはあったけれど、Aちゃんの絵を見る度に「この作品の、このキャラがとても好きなんだ」ってのが伝わってくるほど。
趣味は全く同じってわけでもないし、性格も正反対。
でも、創作の話をしてると、面白いほどに考えが一致していたの。
「マンガ描きたい! が原作で、作画は私ね! 将来タッグ組もうよ。絶対売れるって!」
そんな、……そんな話をするのが、堪らなく楽しかった。
でも、3年生の時に……、私はとんでもないことをした。
私は、もう卒業してしまった先輩(今の、誠凛文芸部の部長さんなんだけどね)から、コンテストの誘いを受け取ったんだ。
それは、絵本コンテストだった。
私とAちゃんの仲の良さを知っていたから、「文章と絵画、ちょうど良いんじゃない?」とか。嬉しい言葉を貰った。
Aちゃんは、当然張り切った。やろうって。やるからには大賞を取ろうって、その日から絵本作製に没頭した。
うん。Aちゃんは張り切った。じゃあ、私は……?
私は、実はあまり乗り気じゃなかった。というのも、絵本の締め切りが受験シーズンと被っていたから。そして、私は自分の文章に自信がなかったから。ネットに投稿してみたこともあった。でも、評価はいつも低いし、感想も書かれたことはなかった。Aちゃん以外の人に褒められたこと、あんまりないんだよね。感想だって、皆「面白い」とは言ってくれたけど、具体的にどこがなんて、そんなのなかったから……。
審査員が、私の文章を読む。中学生の私が、友達と共同とはいえ、初めて応募するんだよ。とても。とてもとてもとても。この手紙では言い表せないくらい緊張した。
子ども向けのストーリーを考えるのは難しかった。あれは、難産だった。どうにかこうにか苦しみながら、私は絵本のストーリーをAちゃんに渡した。Aちゃんは、それに素敵な絵をつけてくれた。文章と絵は月とスッポン。完成した絵本は、私にはそう見えた。
結果は……。案の定、選外だった。
当然だよね。私とAちゃんの本気の差が、違うんだもん。私、どこか思ってたんだ。
中学生が頑張っても、賞は無理だよなあって。
プロで活躍している人も応募する中で、たかだか中学生が入賞出来るわけないよなあって。最初から、諦めてた。
選評シートを見てがっかりするAちゃんに、私はうっかり本音を漏らした。無理だったんだ、しょうがなかったんだ、って。
Aちゃんは怒った。それはもう、燃える炎みたいに怒った。
「がそんなんだから、入賞出来なかった!」
「あんたのせいだ!」
「あんたのせいで……、少しの可能性も潰れた!」
――あんたの文は心が籠っていない。ゴミ以下だ。
鋭利なナイフで斬りつけられたみたいだった。ううん。心の奥まで、ぐっさりと刺されたような感じが近い。反論なんて出来なかった。全部、その通りだった。黙っていたら、「謝りもしないの?」って、更に怒った。
Aちゃんとは、絶交されてしまった。
後から、他の友達から聞いたのだけれど。Aちゃん、親が厳しくて……、絵を描くことをやめるように言われていたらしい。高校だって、美術方面に進みたかったらしくって。色んなコンテストに作品を出していたのは知っていたよ。でも、確かに彼女は学年が上がるにつれて、入賞回数が減っていた。
絵本コンテストに入賞していれば、もしかしたら、彼女も親に胸を張って、やりたいことをお願い出来たのかもしれない。頼みの綱だったんだろうね。本人には確認してないから、予想するしかないのだけど。結局、Aちゃんは進学校に入学した。美術のびの字もない、偏差値の高い学校に行ったよ。
私のせいだ。それしか考えられなくって。小説書くのが、楽しくなくなっちゃった。スランプになって、それで、書くのが嫌になった。
――長くなったけれど、これが私のスランプの原因。今になって思えば、入賞出来なかったのは、一概に私だけのせいとは言えない。でも、でもね。私の心構えのせいでAちゃんを傷つけたことは事実。もしかしたら、絵を描くのを辞めたのでは、と考えてしまう。
……黒子君。変なことを訊くけれど、黒子君はバスケが好きですか?
きっと、君は「大好きです」と答えるはず。迷いもなく、すぐに答えるはず。
私は、君がバスケをしてる姿を見て、憧れを持ちました。
そして、あの日の桐皇の試合を見て、諦めない心を知りました。
黒子君には、私がスランプだってこと、とっくの昔に見抜かれていたみたいですね。先に書いた、私の中学時代の話もしてないっていうのに。不思議だよ。試合観戦に誘ってくれたのは、好きなことを諦めてた私へのメッセージだった……というこで、いいのかな。
今、誠凛で新たな挑戦をしている君が、私には眩しく見えます。
黒子君と本仲間で良かった、と思うと同時に、もう本仲間であり続けるのは嫌だなって気持ちになってます。
というのも、あの日のキスが気になって仕方ないのです。キスされたのを嫌だと感じていないし、黒子君のことを嫌いになってもいません。むしろ何でキスされたんだろうって、考えても未だに分かっていません。
いや、訂正します。自惚れでなかったら……。黒子君は、私のこと好きなのかなって。ううん、やっぱり自信が持てません。地味で諦めやすくって、頑張りもしなかった私のどこを、黒子君は好きになるんだろうって。考えてしまいます。
……だけど。黒子君を見ていたら、自分もやらなきゃって思えるようになってきました。目標に向かう君が、とても格好いい。本仲間の私も、隣にいても大丈夫って、胸を張れる目標を、追いかけたくなりました。
好きって、不思議だね。辛いことがあっても、それでもやめられないんだね。
私はまた、小説を書くことにしました。高校生になっても文芸部に所属しているのが、まだ私が小説を捨ててないって証なのかな。黒子君のお陰で、また挑戦してみよう。そう思っています。
話がまたもや逸れました。
キス。そう、キスです。
正直「気にしていないから、またお話しよう。本仲間でいよう」と言えるほど、私のメンタルは強くありません。出来れば、どういうつもりだったのか、教えて欲しいくらいです。
いえ、教えてもらう前に。私には、黒子君に打ち明けたいことがまだあります。それは、手紙ではなくて、直接私の口から言いたいのです。
だから、お願い。私から逃げないで。私、黒子君とお話したいから。
放課後は、部活があるからゆっくり話は出来ないと思う。だから、昼休み。昼休みは図書室で待っているから、来て欲しい。
黒子君は、残念ながら影が薄くて捕まえられないから。お願いします。
いつでも、待ってる。
ずっと、待ってる。
より』
***
黒子は何度も何度も、読み直した。文字のひとつひとつを目で追った。筆跡すら、愛おしいと言わんばかりに。
文末統一が滅茶苦茶だとか、構成が分かりにくいだとか、野暮なことを言うつもりはない。が純粋に、全ての想いを手紙にぶつけたことが伝わってきた。
私から逃げないで。
「そうですよね」
黒子はひとり、呟いた。
「話をしましょう、さん」