意外に話が合う子だなあ、と思いました。

「その本、貸し出されてますね」

 1週間後のこと。前に借りた本を返しにきた。ついでに、今日入ったというお目当ての本を借りに来たのだが、ないらしい。

「そう、なんだ」

 残念。新進気鋭の作家の話題作だと聞いていたから、読んでみたかったのに。

「ちなみに僕です」
「ん?」
「僕が借りたんです」
「……」

 図書委員だから借りたい本もすぐ借りれますよね、そうですよね……。カウンター越しに私を見つめる黒子君。無表情だ。何考えてるのか分かりづらい。

 あれから黒子君とは話をするのだけど、教室ではなく図書室での会話が多かった。同い年なのに、どこか達観したような瞳。敬語を使う、不思議な雰囲気の彼。どこか、気になった。

 まあ、ちょくちょく姿を見失ってしまうのだが。だって、影薄いんだもの。

「ええ! 特権ってやつ? ずるい」
「ずるくないですよ」
「貸してよお! 私、先に読みたい」
「言い方がダメです。もっと取引先に言うみたいに言ってください」

 どっかで訊いたことのある台詞だなあ。

「――申し訳ありませんが、あなたが借りた本を私に譲っていただけないでしょうか」
「ダメです」
「ここまで言わせておいて!?」

 黒子君、それはひどいよ。ひどすぎるよ?

さんに貸せませんけど、代わりに僕のお薦め、紹介しますね」
「お薦め?」

 黒子君がPCを指差した。

「そこのPCに貸出データが残っているんですが、調べてみたら、さんの好みが僕と似ているんです」
「そう、なんだ」
「きっとお薦め、気に入ると思います。僕が読み終えたらすぐ貸しますので」

 だから、お薦めを読んで待っていて欲しいのだそうで。まあ、借りるのは早い者勝ちだから黒子君に譲るけどさ。

 お薦め、か。悪くない。本が好きな人のお薦めってなんか新鮮で。その案に乗ってみようと思った。

「いいよ。ねえ、どれが面白いの?」
「魔法学校の話はどうですか。額に傷のある主人公の」
「それはあまりにも有名だよー」

 とか話をしつつ。黒子君のお薦めを聞きながら吟味し、私は本を選んでいった。

「全部で3冊ですね。1週間で読み切れますか」
「大丈夫。1日1冊で読み終えちゃうからさ」

 読むのが早いんですね、と貸出手続きをしてくれる。本を受け取り、私はそれを抱きしめた。

「私もこの作家好きだし、本の好みが合うなんて嬉しいなー」
「なかなか好きな人、いないですよね。マイナーなんでしょうか」
「ねえ。面白いのにね。それに最近は小説読む人少なくない? マンガもいいけど、小説は文章で想像力が掻き立てられるのに」

 溜め息を吐き出して、時計を見やる。ああ、昼休み終わっちゃう。

「じゃあ先に教室行ってるね」
「はい。では」

 委員だから、後片付けもあるのだろう。いそいそと作業し始める黒子君を最後に図書室を出る。

「――あ、これ結構好きかも」

 廊下を歩きながら最初の数行を読む。これだけで惹きつけられる。ううん、見る目あるなあ、黒子君。

 私も、こういうのが書けたらいいんだけど。







「……ねえ」
「何ですか」
「何で、私より先に教室着いてるの?」
「僕、さんを追い越してましたけど」
「気付かなかった!」

 涼しい顔で教科書用意してるけど。なんか、ね。ホント、黒子君は影薄いんだなあ。


***


 家に帰って、小説を読みふけった。私が好きな世界観だ。言葉回しもいい。印象に残る台詞。へえ、黒子君もこういうの読むんだね。

「文学少年って言葉がぴったり」

 自分の部屋のベッドに寝転んで文字を追い続ける。

 あんなに毎日小説の話が出来て、楽しくて。黒子君とあの小説のあのラストってどういう意味なんだろう、と討論したこともあった。

「知りたい」

 もっと、知りたい。何を? 誰を?

 黒子テツヤを、知りたい。

 隣の席。図書委員。本の好みが似てる。影が薄い。

 それしか知らない。

「友達に、なれるかな」

 1人そう、呟いた。