エピローグ
「さん、今月の部誌出来たよー」
部室へ行くと、いつものように部長が本を読んでいた。タイトルは、『時計仕掛けの林檎と蜂蜜と妹。』?
「ライトノベル、ですか?」
「んあ? これ? 面白いわよー。私は輝夜ちゃん派」
「は、はあ……」
表紙には、フライ返しと蜂蜜滴るホットケーキを持つ、微笑み可愛い女の子が描かれている。この子が……、ヒロインなのかな。
「この子が輝夜ちゃんなんですか?」
「残念、林檎たんです」
「林檎たん……」
たん?
「うんうん、知り合いが面白いからって進めてくれたんだよね。今の男の子はこういう極甘な作風好きなのかな。少女漫画に負けないったら」
読むかと薦められるものの、実は萌え系ラノベは好きじゃない。断りを入れたら、読まず嫌いは良くないぞーと言いうものの、無理矢理渡すことはなかった。
「で、今月の文芸部誌はこれ。さんの話、面白かったよ。添削するとこもないし、スランプ抜けられたの?」
「はい。……まだ、どう書けばいいのか迷うことはあるけど、書きたい気持ちが抑えられなくて」
受け取った数十ページのコピー本には、5ページに渡って、私が書いた話が載っている。
「良かった」
部長の言葉はシンプルだったけれど、心からの感想なんだって分かった。
「じゃ、来月も締め切り遅れないでよねー」
「はいっ!」
それから数時間後。足取り軽やかに、私は部室を後にした。
部長の話は面白いから、ついつい長居してしまう。ラノベ、ちょっと読んでみようかなあ。
と、メールの着信音が鞄から流れてきた。確認すれば、
「あ……、」
相手はAちゃんだった。Aちゃんとは、もちろん仮の名前だけど。そう、中学の時に絶交されてしまった彼女。
実は、黒子君に話してないことがある。
私は小説を書く前に、Aちゃんと連絡を取ることにしたのだ。後悔しないために。好きなことを素直にやるために。
Aちゃんにはただの自己満足と思われてしまうかもしれない。でも、私は彼女に謝れないまま卒業してしまった。それが、心残りだったのだ。たかが小説を書くために何を今更、と言われる覚悟で――私は彼女に電話をした。
私の連絡先は、彼女の連絡帳にちゃんと残っていた。
直接会って話をして、泣いて、謝って、彼女も後悔でいっぱいいっぱいだったことを知った。
それから、彼女とまた連絡を取ることに決めた。来週のお休みに、また会う予定だ。
「……綺麗な絵。やっぱり上手いなあ」
夏の空の下。手を繋いで微笑み合う女の子2人が描かれたイラストが、メールに添付されていた。
――部誌が出来たら送ってね! の小説読みたい。
「送るよ」
メールを読んで、私は笑った。
もし良かったら、挿絵書いてもらおうかな。
***
黄瀬君との噂は、それから跡形もなく消えていき、今度は黒子君と私が付き合っている噂が流れてきた。そのため、学校内外で黄瀬君ファンに絡まれることはなくなったのたけれど、あの例の先輩3人組が頑なに信じてくれなくて、黒子君が助けてくれくれた。(結局、黒子君は先輩たちに黄瀬君のメアドを勝手に教えてしまった。その方が手っ取り早いって。ごめん、黄瀬君)。
そうそう。代わりに、男子に告白されることが増えたんだよ。何でだ……。と、友達に相談すれば、
「黒子君は目立たないから」
「俺の方がイケてるから、ワンチャンあるーって思うんじゃないー?」
「、男子の一部に密かに人気あるんだよ」
なんて返ってきた。嘘だ。地味な私に好意を寄せてる人が、いる!?
「付き合ってる黒子君に失礼」
「こう考えたらいーのにー。夏休み前だから、皆寂しいんだよー」
なるほど。部活ない人は暇だしね。そういうことか。……………どいういうこと。
告白断るのは、結構気まずい。勇気を出して告白してくれたのに申し訳ない。
友達2人には、黒子君と付き合っていることを報告した。もし困ったことが出来たら、遠慮なく2人を頼ろう。
「ちなみに、2人は告白とかって、」
「リア充爆発しろ」
「末永くー」
「はい」
「はい」
「はい。ごめん……」
「黄瀬君のメアド」
「かしこまりました」
黄瀬君、ホントにホンっトーーにごめんね!!
***
「部誌、読みましたよ」
今日の昼休みの貸出当番は、黒子君と降旗君だ。黒子君は返却する本の整理を。降旗君は貸出業務をしていた。
「ありがとう、黒子君」
「俺も読んだ! 読んだ!」
降旗君も手を挙げて主張してくる。そんな必死にならなくても……。
「少し表現を削った方がいいですよ」
「まだ、くどい?」
「文章が長くなったら、一度区切った方がいいと思いますよ。それから、比喩表現は多用するのを避けましょう。目立たせたいものだけ使ってみるとか」
「なるほど……」
黒子君のアドバイス、忘れないようにしよう。
「降旗君も、読んでくれてありがとう」
「どういたしまして。さんが図書室に最近来なかったのは、小説書いていたからなんだ?」
「うん。実は、誠凛高校のバスケ部がモデルだったりする……」
「さん書いたのファンタジーだよね?」
「ファンタジーだよ。でも、人物はちょっと部活の皆さんを参考にしてるの」
怪我を負い、飛ぶことにトラウマを覚えた翼のある亜人と、自分の才能の限界を知りながら、その夢を亜人へ託す、努力家の魔法使いの話を書いた。
誰をモデルにしているのかは――、勘のいい人ならすぐ分かるだろう。
「皆さん……皆さんかあ……」
ちらりと降旗君が黒子君の様子を窺い、しみじみとこう零した。
「そうか。まあ……、さんには魔法使いだよな……」
***
「さん、提案があります」
「提案?」
もうすぐ夏がやって来る。今年の夏休みは、きっと色濃いものになるだろう。早めに登校した私たちは、こっそり屋上に上がっていた。部活が忙しい黒子君とは、空いている時間を使わなければ、長いこと話が出来ないからね。
初夏の風が、頬を優しく撫でていく。なびく髪を掻き上げ、私は黒子君の隣に立つ。
「夏休みのことです。部活で休みが少ないんですが、一度は一緒に出掛けましょうね」
「行きたいね! どこ行こうか?」
「君と遊びに行くのはどこでも楽しいと思います。でも、初デートなので、きちんと考えましょうか」
「で、デート。デート……、そうだね。考えとく!」
私と黒子君は、ただのクラスメイトだった。
そこから本仲間になって、気になる人に変わって、恋人同士になった。
ステップアップ。
私たちの関係だけじゃない。黒子君は、日本一になるために、もっともっと強くなっていく。誠凛高校バスケ部も。もっと次へ、ステップアップしていく。
私も、負けていられない。
ゆっくりだけど、確実に。進んでいこう。
だけど、私の場合は『すてっぷあっぷ』だろうか。ちょっとずつ、ゆっくりゆっくり、3歩進んで2歩下がる感じだな……。あれ、進んでない。いや、とにかく。進んで行こう。
「あの。ひとついいですか?」
「うん、どうぞ」
「僕、改めて思ったんです」
黒子君の方へ顔を向けた。あれ、距離がとっても近い。
「さんが、大好きだって」
私は、ここで二度目のキスを経験した。
でも、また不意打ちだ!
「ねえ、黒子君」
「さんの顔、真っ赤です。リンゴみたいですね」
「だって、黒子、――テツヤ君がいきなり、だって、だってだって! 心の準備を、させてよう! 心臓口から飛び出そうになる!」
「もう一度、しますか?」
「ええっ!?」
「リベンジです」
もう一度!?
「し、してもいいけど……」
「けど?」
「ど、どうやって? キスの時は呼吸したら、いいの……。あの時も今も、よく分からないんだけど……え、何で顔を手で覆うの震えるの!?」
「すみません。ちょっと、これは、」
私、変なこと言ったの? 言ったんだよね? 小説ではそこまで書いてないもの! 知らないんだもの!
「引いた?」
「いいえ、そういうところも含めて好きです」
黒子君、震えていたのは面白くて笑ったからなの? 手を離した顔が、そうだ。口の端に笑いの残滓が貼り付いてる。
「これから覚えるもん。だから、その、もう一度……」
「はい。もう一度」
目を閉じてと促され、その通りにする。今度は不意打ちではない。うん。心の準備もばっちり。
3回目のキスは、柔らかくて甘くて、とっても幸せだった。
呼吸の仕方を何回目で覚えたのかは……、それは黒子君と私だけの秘密だ。
【終】