スポーツ少年だったなんて予想を裏切る子だなあ、と思いました。
何を書こう。何を紡ごう。どうやって物語を描こう。脳みそに問いかける。浮かべ浮かべ。閃け。辞書を引っ張り出して。語彙を探して。
ペンに伝われ。文字を書け。文を書け。物語世界の構築だ。
「難しい」
「――『その言葉は硝子のように心に突き刺さった。うっかり触れでもしたら、真意に気付いて指を切り血を流してしまいそうだ』。少し口説い表現かもしれませんね」
「あ、やっぱりそうだよね。実は私も思って削っ」
私の隣に誰かいる!?
「……ぎゃああああああっ!?」
悲鳴がファーストフード店に響き渡る。店内の人たちの視線が私に集まる。
まずい、静かにしなきゃ。動揺は心の中に無理矢理押し込める。軽くパニックだ。
何で黒子くんが隣にいるの!? 呑気に飲み物飲んでるし!?
「ちょっと何で隣に平気な顔して座ってるの!?」
「最初からいました。難しい顔でさんが座ってきて、ノートを開いていたので、声をかけるタイミングがなくて」
「かけてよおおお!?」
相変わらず表情が変わらない! 何考えてるんだろう。
「それに百面相する顔が面白くて、そのまま観察してました」
「ちょっとおおおおお!」
何で私も気付かなかったかなあ! 黒子君、気配消し過ぎ。影薄すぎ!
「小説、書いてるんですね」
「え、ああ。うん……」
その指摘に、はっと我に帰る。私はノートを閉じると、素早く鞄に仕舞った。クラスメイトの隣で小説を書く勇気なんてない。
「ぶ、文芸部なんだ。たまにはこういうとこで書くのも悪くないかなって」
「そうなんですか」
「あはは、驚いてゴメンね。逆に驚き過ぎて引くでしょ」
「いえ」
頭を軽く掻き、買ったジュースを飲む。口が渇いてる。ああ、焦った焦った。
「……」
「……」
沈黙が訪れる。何だろう、この空気。
気まずい。
「えーと。黒子君は何飲んでるの?」
「バニラシェイクです」
「好きなの?」
「はい。そうですね」
沈黙再び。どういうことだ。今まで話していて、こんなに沈黙があっただろうか。
黒子君の雰囲気が、いつもと違うのだ。そのせいなのかな。
何か話題を……、ああ、そうだ。お薦めされた本の感想。まだ言ってなかったような。口を開こうとして
「さんは、読書が好きですか?」
先を越された。急に黒子君は、何を言い出すのだろう。
「当たり前だよ。黒子君も知ってるでしょ?」
「じゃあ、文を書くのは好きですか」
「え」
本当に何を言い出すんだろう。
「好きだよ。好きだから書いてるんじゃない」
「本当にそうですか」
「……うん」
含みを持った言い方に、戸惑う。好きじゃなきゃ書かないよ。そうでしょ? 嫌いだったら、わざわざそれをやる人なんているだろうか。
「好きになれる物があるのはいいことです。でも――好きな物は強要されてやるものですか」
「え」
「自分が思っていたことと、それがかけ離れていたとしても。それでも……、好きだって胸を張って言えますか?」
「どういう、こと」
何かを悟っているような。とても同年代と思えない雰囲気を纏って、彼は静かに言った。
私の心の中でも探るように。急にどうしたっていうのか。彼は、何が言いたいのか。
――黒子君、ふざけないでよ。
笑って誤魔化せばいいのに。そんなことないよ、やだなあ冗談きついよ。そう言えばいいのに。ほら、ね?
でも、冗談じゃないのは分かっていて。私を真っ直ぐに見て捕える瞳は痛いぐらいに眩しく澄み切っている。
出ない。声は、出ない。か細い呼吸が漏れ出るだけだ。
「くろ」
「――火神君、こんにちは」
「げ」
「あ」
空気が変わった。
いつの間にか、目の前の椅子に火神君が座っていた。大量のハンバーガーをトレーに載せて。予想外の人物だったが、話の流れが変わったのでほっとした。ナイスタイミング。
「お前、またか。空いていると思って、ついうっかり座っちまった。」
「最初からいました」
「あの。こんにちは」
私が声をかけると、彼は気付いてくれたらしい。「同じクラスの、誰だっけ?」と返された。無理もない。クラスでは目立たない女子なのだから。まあ、少し凹むけど。
「です」
「ふうん。黒子はいつものことだが、お前は小さくて気付かなかったな」
ハンバーガーの山で見えなかったんだろう。うわあ、それにしてもすごい量。
「……お前ら、そういう仲なのか」
「仲って?」
「隣に座ってるから」
ああ、そういえば。私は黒子君の隣にいたんだ。何でか席を移動するのを忘れていたわけで。もしかして、火神君は、私と黒子君が付き合っているなんて勘違いを……?
「ちちちち、違うよ!? 私と黒子君は何ていうか、その、えーと」
「友達です。本仲間なんです」
黒子君が口を挟む。淡々とした口調である。
「何だ、それ」
「本をお薦めしたり、感想を言い合ったりしてます」
「んなことしてんのかよ」
よくやる、とハンバーガーを頬張る火神君。結局この席に座るらしい。何個目なんだろう。こうして会話している間に次々とハンバーガーが消費されていく。頬袋みたいなのが出来て、さながらリスみたいだなあと思った。
いや、それよりも。
「本仲間……友達」
「違いましたか」
「ううん、全然! そうだよね、友達」
そうか、もう黒子君と私は友達なんだ。さっきのやりとりが正直、引っ掛かりはしたけれど、それを上回る嬉しさだった。自分と本の好みが合う友達が出来たのが嬉しい。
「そうそう、黒子君と火神君はよく話してるのを見るけど……」
「同じバスケ部ですから」
「だな」
え、今なんて? 隣にいる黒子君に顔を向ける。勢いが良すぎてちょっと首痛かったけど! それどころじゃない!
「え、嘘。待って。火神君バスケ部、だよね? 部活でランニングしてるの、見かけたことあるよ」
黒子君もバスケ部、ってことにならない?
「黒子君バスケ部?」
「そうです」
「文化部系じゃなくて」
「はい。正真正銘、バスケ部です」
「ホントに!?」
驚きが隠せない。信じられない。でも、黒子君は嘘をつく人ではないと思うから。全部、本当なのだろう。
ほら、と鞄からユニフォームを出される。誠凛とローマ字で書かれている。試合に出てるんだ、意外……。
「へえ……」
また1つ、黒子君を知る。隣の席の、影が薄い、バニラシェイクが好きな、バスケ部の男の子。
「知らなかった。へえ……、へえ……」
文学少年かと思ったら、スポーツ少年だったのね。
バスケする黒子君を想像してみる。
ドリブル、パス、シュート、ゴール……。
……なんか、ちょっといいかも……。
私はいつの間にか、そのギャップに魅了されていたのだった。