真剣な姿から目が離せなくなる子だなあ、と思いました。
「この話、面白かったよ」
数日後。図書室にて、読みたかった本を借りた。例の、黒子君が先に読んでいた本である。そして、黒子君お薦めの本も返却した。
「良かったです。気に入ってもらえて」
「あの、さ! 今度、私のお薦め、持ってきていいかな」
私も、してもらいっぱなしじゃ嫌だ。この間、黒子君に「本仲間」って言ってもらえて嬉しかったから。
「いいですよ。是非」
「どんなの読む? 恋愛小説とかさ、読んだりする? 男の子だし、そういうのはパス?」
「いいえ。さんのお薦めなら、何でも」
「うん!」
嬉しい。どうしてこんな気持ちになるんだろうね。今まで男の子と話して、こんな気持ちになったことはあまりない。
「じゃあさ、SF小説とかさ――」
こうしていつものように、私は黒子君と昼休みいっぱい、本の話をした。
***
「あ」
放課後になって、鞄に入っていた本に気付く。1冊、袋から出て鞄の底へ紛れ込んだみたいだ。出来るなら今日中に返してしまいたかった。
「黒子君、今なら体育館にいるかな」
この間の火神君との話で、彼もバスケ部なのだと知った。信じられないが、ユニフォーム貰ってるし、スタメン入っているらしいし。一度、彼がバスケをしてる姿を見たいなあと思っていた。
「よし。この機会に行ってみよ」
鞄を提げて、体育館へ足を向けた。
ボールをつく音が聞こえてくる。靴が床を擦るような音。
掛け声。足音。色々聞こえる。
「すいませ、」
試合してる。部活内でチーム分け? 思わず見入ってしまう。
「すご……」
気迫がすごい。これは、圧倒される。上手く言葉に出来ないけれど、「すごい」。この一言に尽きる。バスケ、詳しくは分からないけれど、見てるだけで誠凛高校は強いんだろうなあって思う。
眼鏡の人がゴールを決める。3点追加。スリーポイント、って言うんだっけ?
火神君は直ぐに見つけられた。彼はとっても高く飛ぶ。あ、あれ知ってる。ダンクシュート。すごい。見ているこっちがスカッとする。
ところが、体育館中見渡しても黒子君が見当たらない。どこだろう。影が薄いからだろうか。審判してるわけじゃなさそうだし。得点やってるわけじゃなさそうだし。
「あの、すみません」
入口の近くにいた人に声をかけたら、直ぐに気付いてくれた。女子はひとりしかいないし、マネージャーかな。多分、先輩。
「どうしたの? 誰かに用事?」
「黒子君に用事があって来ました」
「黒子君?」
「はい。同じクラスで」
「ごめん。ちょっと待っててもらえる? もう少しで休憩入れちゃうから」
タイマーを指差すマネージャーらしき人。残りはあと3分。
「あの、黒子君は試合出てるんですか?」
「そうよ。あ、あの辺注意して見ててね」
指差す方向をじっと見る。――あ、いた!
「やっぱバスケでもどこ居るか見つけるの、難しいなあ」
「パス渡るわよ」
「!」
瞬きしたら、見失う。本当にパスが通っちゃった。黒子君のパスは、他の人が出すのと全然違う。素人の私でも分かる。
「魔法みたい」
黒子君がボールを出す度に、敵チームは取れなくて。
シュート決める人は、もちろんすごい。だけどそれより私は、黒子君に惹きつけられる。
黒子君は自分からシュートを決めにいかない。なのに、魅入る。
「教室じゃあ、分かんないよ」
目が離せない。惹きつけられる。
息をするのも忘れるくらいで、3分はあっという間に過ぎて行った。
「黒子くーん。お客さん」
休憩直後、マネージャーさんに呼ばれて、黒子君はこっちにやって来た。目を丸くしてる。びっくりしてるみたい。表情変わるの珍しいな。
「さん、どうしたんですか」
「本。返しそこねたから」
はい、と手渡す。たった文庫1冊だけど、返しておきたかったのだ。
「机に置いてもらっても良かったんですよ」
「でも、黒子君のバスケしてるとこが見たかったの。普段の黒子君から想像出来なかったから、見に来れて良かった」
「そうですか」
「なーにー? 黒子君って彼女いたの?」
マネージャーさんが口を挟む。明らかにからかおうとしている顔だ。
「かっ、え!? ちがっ」
「違います。本仲間です」
そして1つも動揺することなく、淡々と答える黒子君。そして私は何でこんなことに、毎回動揺してるんだろうか……悔しい。
「そーですよー。本をお薦めしたり、感想を言い合ったりする仲なんです!」
「ふうん」
マネージャーさんは明らかに面白がってる。
「あ、来たのかよ」
「うん、黒子君に本を返しに来ただけ」
タオル片手にやって来た火神君。――と、
「わ、女の子だー!」
「カントク以外の女子だー!」
「黒子と火神と同じクラスなのか」
「可愛い」
「羨ましい」
「お淑やかそうー」
他の部員の皆さんが集まってくる。男の子ばっかだ! 人数多い!
「女子はマネージャーさんしかいないの?」
黒子君に訊いてみる。
「はい。でも、マネージャーではありません。カントクです」
「え? 嘘でしょ!?」
「2年生、相田リコ。カントクよ、えーと……さんだっけ」
ああ、そっか。名乗ってなかった。
「です。監督だったんですか!? ごめんなさい、勘違いしてました!」
監督が女の子!? だって生徒じゃん! 開いた口が塞がらない。とはいえ、この状況で嘘つくはずがないので本当のことなんだろう。
「わー、黒子君といい、火神君といい、相田先輩といい。このバスケ部、すごすぎだよ」
私の通う高校、こんなに優秀だったんだーって、さっきから驚きっぱなしだ。
「全国目指してるからね、ウチは」
相田先輩が笑う。部員の皆さんもうなずく。確固たる意志と目標がそこにあった。その姿勢に、心が動かされるものがあって――私は少し、落ち込んだ。
好きなもので1番になりたいよね。みんな、バスケが好きなんだ。
「っていうか、黒子。よく見せろよ、さんを」
「可愛い女子だあああ!」
一気に視線が私に集まってくる。好奇の目に晒されて、落ち着かなくなる。
普段、こんなに注目されることはないから、恥ずかしくなって、どこかに隠れてしまいたくなる。でも、ほぼ部員の皆さんに周りを囲まれて逃げ出そうにも逃げることが出来ない。
どどどど、どうしよう!? 一斉に私を見つめてこないで!? っていうか、なんか、目がギラついてるよね? 女子珍しいの? 相田先輩がいるのに!
誰でもいい。助けて!
「あ」
と、戸惑う私を庇うように黒子君が私の前に出る。まるで私の心の叫びを聞き取ったみたいに。視界が黒子君のTシャツでいっぱいになる。
「黒子!」
「み、みみ。見えない」
「さんは動物園のパンダじゃないですよ。見世物じゃないんですから、一斉に見られたら戸惑います」
「パンダって」
「ビミョーな例えを……」
ブーイングが殺到。不満が垂れこむ。けど、黒子君は私を皆から隠してくれて――それがすごくありがたい。
「あ、りがと」
小声で呟けば「いえ、別に」と振り返ってくれる。あ、微笑んでる。
トクン、と胸が鳴る。何だろう、これ。一体どうしたんだろう。
その背中が頼もしく感じる。私は彼のTシャツの裾をそっと、握っていた。
その後、部員の皆さんは相田先輩に「お前ら外周行ってこい。10周」と清々しい綺麗な笑顔で練習の追加を言い渡されていた。その額に青筋が浮いていたのは見なかったことにしよう。