私には手が届かない子だなあ、と思いました。
ダメだと言われた。
お前の文は心が籠っていない。ゴミ以下だと言われた。
心が挫ける。
私は、何のために書いているの?
***
その日、黒子君を見た。
正確には、部活の練習してる黒子君をこっそり見に行っただけ。集中してるから誰も私には気付いてないようで一生懸命練習していた。
インターハイ東京予選決勝リーグ進出。学校新聞にそんな記事が載っていたのを思い出す。みんなはそのために、こうやって遅くまで頑張ってやってるんだよね。ドリブルの音や掛け声を耳にして、そっと私はその場を離れた。
私も頑張らなきゃ。そんな気持ちはない。
あんなに頑張ってる黒子君に私は釣り合わないな……、それだけだ。
バスケを頑張ってる黒子君が好き。努力してる黒子君が好き。本を読んでる時の黒子君が好き。一緒に話していて楽になれる黒子君が好き。
だけど釣り合わない。
だって私は、投げ出そうとしているんだもの。逃げたい。逃げたい。これ以上は無理だ。捨て去りたい。
今やもう、ネガティブの塊。近くにいる資格すらないんじゃないか。暗雲たる気持ちが込み上げてきて……吐きそうになる。足取りが重い。
のろのろと亀のように歩いて、体育館から文芸部の部室へと辿り着いた。扉を開けると部長が文芸雑誌を読んで椅子に座っていた。
「あ、さんお疲れ」
「……お疲れ様です」
他の部員は来ていない。基本、作品を期日内に提出すればいいだけだから、特別珍しいわけじゃない。部長くらいだ。ちなみに部長は、私と同じ中学の文芸部の先輩だった。
「今回の添削の分です」
「うん。読んでおくね」
部長にB5用紙2枚を渡す。
「――さんが構わないならこのまま部誌に載せるけど?」
「いやそれはちょっと……」
「あの子の言うこと気にしているんだろうけど、さんは何も悪くないのよ?」
「部長……。それは、分かってるんです。でも、書けば書くほど納得出来なくて……」
逃げずに書こうと思うものの、書けば書くほど辛くなる。追いつめられる。書くのをやめても、それでも書かずにはいられなくて、諦められない。
「全国高等学校文芸コンクール。それまでにはなんとかしようね」
「はい」
秋までに……。タイムリミットは、秋までだ。
それまでに何も書けなかったら――私は捨ててしまおう。何もかも。
***
「あ」
「あ……」
玄関先で黒子君に出会ってしまった。目を丸くしていたけれど、直ぐに真顔になる。どうしてこんなタイミングで会っちゃうんだろう。私の顔、今は最悪だと思う。とっても暗い顔になってる。
「さん? 具合悪いんですか」
「ううん、大丈夫。元気だよ」
そうですか、といつもの反応。表情が変わらない顔。
「黒子君、部活じゃなかったの?」
「教室に忘れ物をしたんです。休憩中なので取りに行こうと……。さんはもう帰るんですか?」
「うん。じゃあ、部活頑張って」
今は話をしたい気分じゃなかった。ドギマギしてきたのを無視して、そのまま、黒子君の脇をすり抜けた。
「さん!」
「はい!?」
急に呼び止められる。振り向けば、黒子君が私を真っ直ぐに見つめていた。
何かを決意した瞳で。
「さん。もしよかったら、明日の試合を見にきて下さい」
「え?」
まさかそんなことを言われると思わなかった。頭の中で「明日の試合を見にきて下さい」が延々リピートされ、しばらくポカーンと黒子君を見つめていた。
「あの、さん」
「……あっ、ごめんなさい……、特に予定はないよ。どこでやるの?」
黒子君に場所を聞くが、それでも私は行くかどうか迷っていた。
黒子君の意図が掴めない。どうして?
「どうして私を誘うの」
「見て欲しいからです」
「バスケを?」
「はい。来てくれたら、分かります」
彼の優しい微笑みに、私は、つい訊いてみたくなった。彼なら迷いなく答えるだろうと思って。
「黒子君あのさ……どうして一生懸命になれるの?」
「一生懸命?」
「うん」
もちろん、バスケに対してだ。
「好きだからです。好きだから一生懸命になれるんです。そして、強くなりたいと思えるんです」
やっぱり迷いない目だった。
――そして、冗談も嘘も苦手な彼の本音なのだろう。私は彼と肩を並べてお話出来る立場じゃないな、と改めて自覚したのだった。
「君が好きだから、君を救いたいって思います」
小さな声で彼がそう言ったのを、私はまだ、知らない。