彼らも優しい子だなあ、と思いました。
「来ちゃった……」
ここはインターハイ予選の会場。結局来てしまった。
私は中に入るべきか、出入り口で躊躇してしいた。
来るかどうかは今朝まで悩んでいた。
黒子君と私は遠い距離の人なのに、とか色々なことが頭を駆け巡っていたのだけど。
――それでもここに来たのは「黒子君の真剣さ」に心打たれたからだろう。
あの瞳が忘れられない。
普段は何を考えているか分からないのに、バスケの話をする時は輝くんだ。本の話をする時とは違った表情で。
彼が何を意図して私を誘ったのかは分からないが、私は「この試合じゃなきゃダメだ」のだと直感的に悟った。
それにしても、誰か友達を誘うべきだったかな。学校からそのまま直行してきたけれど、少し寂しい。
意を決して出入り口へ足を向けた時。
「――あれ、さんじゃないスか」
後ろを見れば、黄瀬君が私に手を振っていた。
「黄瀬君、久し振り!」
「良かった。さん敬語なしで話してくれたっス」
ニカッと笑う。とても嬉しそうだ。
だって同い年だし……会うの2回目だし知らない人ではないし。
「さん、誠凛と桐皇の試合を見に来たんスね」
「うん、黒子君に誘われたの。黄瀬君も来たんだね」
「だったら早く行かないと」
「もしかして始まってる?」
躊躇してる間に試合は始まってしまったようだ。
「そうっス! 俺、結構時間ギリギリに来たんで試合始まってるかも。一緒に行くっスよ。ほら早く中に!」
手を取り私を引っ張る黄瀬君。あっさり中へ入ってしまい、さっきまで何で躊躇してたのかと思う程だ。
手を握られているが、異性に触れられた緊張はやっぱり黒子君の方が勝っている。
恋って不思議。こんなにも違っちゃうものなんだ。
ぐんぐん走って、私と黄瀬君は会場へ入る。途端、熱気が私の身体に迫ってきた。
扉を開けた瞬間からそこはバスケの世界。外とは違う時間が流れるのだ。
「ありゃ、まーた遅刻っスわ。しかもまた負けてるし……」
黄瀬君が呟く。見ればスコアの差は歴然だった。
「誠凛負けてるんだ……」
よく目を凝らす。黒子君の姿が見えた。同時に胸が高鳴るのを感じる。
「ん? 緑間っち!?」
突然黄瀬君が驚いた。何だ、と視線を向ければそこには、
「ってか誰アンタ!!」
「……む? 黄瀬っ!? なぜ気付いたのだよ!?」
「サングラスの高校生って……!」
制服とサングラスはあまりにも不釣り合いだ。しかも手には謎の箱持ってるし、どう考えても目立つ。どうやら2人は知り合いらしかった。
何か言い合ってる2人から目を離しコートを観察する。試合の方が気になるのだ。誠凛が得点したらしい。数字が増える。
後ろからは「サルスか!!!」「なにィ!! サルとはなんなのだよ!!」とか話し声が飛び交っていた。
しばらく経つと、2人はすっかり大人しくなった。
「――ところで黄瀬。彼女は誰なのだよ」
サングラスから黒縁眼鏡に変えた彼が黄瀬君に訊ねた。
私も気になってた。この人、誰なんだろうって。
「さんっス。黒子っちと同じ学校スよ。入り口で偶然出会ったんス」
「です。黒子君とは本な――友達、です。黒子君に誘われて試合を見に来たんです」
軽く会釈すれば、黄瀬君が「緑間っちも同い年だから敬語は良いのに」と笑う。仕方ない、癖なんだもの。
「さん、こちらは緑間っち。緑間真太郎。秀徳のバスケ部なんスよ」
「そうなんだ……」
同じ中学のバスケ部だったそうで、なるほど、彼も同じチームメイトだった黒子君の試合を見に来たのかもしれない。
バスケに詳しいんだったら、と私は1つ質問してみる。
「あの、誠凛は勝てると思う?」
「分からない。ただ、青峰がいなくてこれだからな」
「青峰……?」
「桐皇のエースなのだよ」
緑間君が眼鏡を押し上げた。
「じゃあ勝てない、かな」
「少なくとも黒子はそう思わんだろう」
「え?」
「『勝てるかどうか』ではない。『勝つ』。そう考えるはずなのだよ」
「それは誠凛全員も思ってるはずっス」
「そっか……」
そうだ。誠凛だけじゃなくて、それは黄瀬君や緑間君にも言えるのか。いや、勝負をする上での心構えだ。
「弱気じゃ勝てる試合も勝てないよね」
「さんも信じてあげなきゃダメっスよ。黒子っちの応援に来たんスよね?」
「うん、そうだね。そうだよね!」
黒子君と釣り合わないなど別の話。応援するのには変わりないもの。
そうだ。せっかくだから、黄瀬君たちにちょっとお願いしてみようかな。
「黄瀬君、緑間君。私、実はバスケのルールがあんまりよく分かんないの」
体育でかじった程度なのだ。それもどうかと思って昨日勉強してみたけれど、付け焼き刃じゃ覚えられなかった。
「分からない事があったら質問したりしていいかな。観戦の邪魔になったら申し訳ないんだけど」
「そんなことならお安いご用っスよ! ね、緑間っち」
「……ふん」
フレンドリーな黄瀬君とは対照的に緑間君は険しい表情でそっぽを向く。あ、迷惑かなやっぱり。
「ごめんね、緑間君」
「謝る必要はないのだよ。それに、誰も教えないとは言ってない」
ということは、解説してくれるようで。
「学びたいという意欲がある奴の邪魔は、しないのだよ」
ああ、良かった。緑間君はちょっと怖い人なのかと思ったから、それを聞いて安心した。
優しいんだね、黒子君と同じで。
「ありがとう」
お礼を言って微笑むと2人とも数秒間動きを止めた。そして、緑間君は咳払いをしてコートへ目を、黄瀬君は「黒子っちいいなあ」と溜息をついた。
「どうしたの?」
『いや、別に』
彼らの声がハモる。私は失礼なことしただろうか。……してないよね?
「ほら、さん。ここが1番よく見えるっスよ」
「う、うん!」
黄瀬君に促され、私は前に進む。気を取り直して試合を観戦することにしたのだった。