黒子テツヤは、今日も悩ましい日々を送る

 困ったな、と黒子は思った。どのくらい困っているのかといえば、今ここでを抱きしめて、押し倒して、離してやりたくない衝動を懸命に堪えるくらい、困っている。

 が当初、「キスの時はどう呼吸すればいいのか」となんとも可愛いらしい悩みを打ち明けてきた時は良かった。唇と唇を重ねるだけなのだ。それも、短い時間。だから、黒子も冷静に実践で教えてあげることが出来た。

 そこまでは良かっのだが、

「あの、テツヤ君。き、キスって、もう一段階、上があるの?」

 なんて爆弾を落とされた日には、一体誰がこの純粋な文学少女にいらぬ知識を教えたのだと問い詰めたくなった(十中八九、犯人は彼女の友人2人だろう)。

 だが、

「……ありますよ」

 なんてバカ正直に答えたのが、彼の運のツキだ。

「どんな感じなのかな」
「と、言うと?」
「息継ぎが大変って聞いたの」
「そうだと思います」
「やっぱり?」
「多分、ぬるっとしますよ」
「えっ、ぬるっとするの。濡れたりする?」
「その点は大丈夫というか、お互いの状態次第だと思います」

 はそのキスが、どういうものか知らないようだ。場合によっては唇ごと食べてしまう程のものだというのに……。彼女は黒子の説明の2割も理解してないようで、

「えと、練習。練習……、しません、か」

 頬を赤く染めて提案してきたのだ。その姿を見て「嫌です」と断る彼氏は、この世にいないだろう。黒子も例外ではなかった。

「練習ですか」
「練習」

 黒子は頬を掻く。

「……良いんですか」
「が、頑張る」

 果たして、これは頑張ることなのだろうか? 黒子は戸惑いながらも、

「僕も初めてなので、きちんと出来るか分からないんですが。それでも良いんですか」

 は無言で首を縦に振った。

「あの、ね。ちょっぴり興味あるの。どんな感じなのか。その、」

 もじもじしながら、彼女は言った。

「テツヤ君とキスするの、とっても好きなんだ。だから、もう一段階の方もしたら、きっともっとその……、好きになるのかと。……変、かな」
「いいえ。そこまで言うなら。やりましょう」

 即答だった。

 幸い、早朝の屋上には人がいない。この時間を狙って、2人は恋人らしくいちゃついているのだ。なるべく建物の死角になりそうなところに向かい合わせで、何故か正座していた彼らは、キスがしやすいように体勢を整えた。

さん、いいですか。いつものように、鼻から息を吸って、口で吐き出して下さいね」
「分かった」
「それから、目は閉じていて下さい」
「うん。あの、もし限界だと思ったら、手を強く握るからね?」
「じゃあ、繋いだ方が良いですね」

 黒子から差し出された手を握り(恋人繋ぎだ)、は深呼吸をした。そして、目を瞑る。

「ど、どうぞ」

 黒子は自分が緊張していることに気付く。滅多なことでは動揺しないはずなのだが。やはり、がいると自分の新しい一面が見えてくる。

「じゃあ、いきますね」

 唇が触れる。長い間そのままなので、は少し不安になる。無茶なお願いしたよね、と後悔した。瞬間、

 口内に何かが入ってきた。何かは――黒子の舌はの舌を捉え、そして逃さないとばかりに、舐めるようにして――

「んっ!? ひゃ、ひゃって、ふぇふぅふぁ、ふ、は、ひいふぇ、んんんんんんんっ!?!!?!」











、今日ホントにどうしたの」
「えっ、何が!?」
「授業、上の空じゃない」
「そ、そうなのかな……」

 友達からの指摘に、は頭を振った。しばらく、黒子の顔がまともに見れそうにない。あのキスは――、まだステップアップしなくていいや、と。もう一段階のキスってそういうことなんだ、と思い出して頬を赤くした。



「お前、今日見つけやすいよな」
「明日には元に戻ると思いますよ、火神君」

 黒子は緩む頬を抓り、窓の外を眺めた。しばらく、普通のキスで良い。そうでなければ、自分はあれをやる度に毎回色々堪えなければいけないと、こっそりの方を見て思うのだった。