思い描く、あなたの隣で。

 初詣に行きませんか。

 そんなお誘いを受けたのは、12月30日の夜のことだった。

 テツヤくんから電話がかかってきた時、私はお風呂に入ろうとしていた。バスタオルや着替え諸々をベッドに放り出して、慌てて私はケータイの通話ボタンを押した。

「っ! もしもし!?」
『――さん。すみません、急にかけてしまって』
「ううん! 大丈夫だよ!」

 先日、学校は冬休みに入った。そのため、テツヤくんと会う日がめっきり減ってしまったのだ。
 テツヤくんは部活があって忙しいので、そう簡単にデートの約束を取り付けられない。
 やりとりはメールだけ。ちょっと寂しいと思っていたところに、この電話だ。嬉しいとかそんな次元じゃない。

 久し振りに声が聞けた。それだけで、胸がキュンとしてしまう。

『ちょっと、声を聞きたくなったので』
「私も……。こうして話せて嬉しい」

 しばらく他愛のない話をしていたところで、黒子くんがこう切り出した。

さん、1月の1日から3日のどこかで、初詣に行きませんか』
「……初詣? 部活お休み?」
『そうです。なので、これはデートのお誘いです』
「デっ!? う、うん……」

 動揺する私。テツヤくんがふっと笑う声が聞こえる。

『きっと今、君は赤くなっているんでしょうね』
「テツヤくんのせいだよ」
さんも、いい加減慣れてください。デート、初めてじゃないですよね』
「そうなんだけどさ」
『はい?』
「テツヤくんと会う度にね、好きなところが増えていくんだよね……」

 だから、大好きが更新されていくの。

「だから、慣れないんだよね。新しいテツヤくんを発見して嬉しくなっちゃうんだ」
『……』
「テツヤくん?」

 何で黙るんだろうか。

「テツヤくん?」

 もう一度呼びかけると、やっと反応が返ってくる。

『今すぐ会いたくなりました』
「えっ」
さんって、たまに予想外の発言をしますよね。そこが、また可愛いと思います』
「うぐ……。またそうやって可愛いとか簡単に言う!?」
『簡単に言ってません。事実なので』
「テツヤくん……」
『君が今、目の前にいたら、きっと抱きしめてましたね』

 電話口から聞こえるテツヤくんの声は甘くて、なんだかくすぐったい。
 表情が変わりにくい人だけど、彼は今、どんな顔で私に電話をしているのだろう。

 私に触れる時の顔を思い出して、私の頬はますます熱くなる。

「――もう切っていい?」
『ダメです。初詣、いつならいいですか』

 そうだった、初詣。
 絶対、テツヤくんと行きたい。

「3日はいつもの友達と出掛けるんだ。1日は混みそうだし、1月2日はどう?」
『2日ですね。朝、早くても大丈夫ですか』
「大丈夫だよ!」

 そういうわけで、1月2日は初詣デートをすることになった。


***


「あけましておめでとう!」
「……」
「テツヤくん、何か言ってよぉ……」

 真顔はやめて。あ、元からテツヤくん、わりと真顔なのか。じゃあ通常運転か? いや、彼女になってほんのりなんとなく分かるようになったけど、これは、驚いてるよね?

 じいーーーーーっという視線に耐えられなくなって、私はそっぽを向く。

「もしかして、変だった?」
「変じゃないです。予想外だったので、何も言えなくて」

 そう、原因は私の服装。
 私、今日は着物を着ているのです。

「着物、可愛いです」
「ありがと……」
「本当に。心の底から」
「……」

 今度は私が黙る番だった。

 褒めてもらえるかな〜、なんて期待してたけど、やっぱりテツヤくんから面と向かって可愛いって褒められると照れるなあ……。

「着物はどうしたんですか」
「お母さんが着せてくれたの。若い頃に着てたやつがあるからって。か、彼氏とデートするなら……着ていきなさい……ってさ。
 いや! あのね? 誰と初詣行くの、とお母さんから訊かれて適当に誤魔化そうとしたんだけど、その、彼氏が出来たのバレて……。おめでたいわね、とか色々盛り上がって、その……」

 からかわれるの分かってるから、お母さんたちには内緒にしたかった。だけど、ついにバレてしまったのだ。

「今度家に連れてきたら? って言われちゃった……」
「そうですね。遊びに行きたいですね」
「えっ」
「ダメ、ですか」
「う……」

 ダメ。絶対、お母さんたちちょっかい出してくるもん! と拒否したい。だけど、テツヤくん、なんか捨てられた子犬みたいな雰囲気出すのやめよう?

「か、考えておく」
「じゃあ、さんの家に遊びに行けるように願いますね」
「初詣にそんなこと願わないで!? もう!」
「本気ですよ」
「テツヤくんは、私絡みになると変になるよね」
「そうでしょうか」
「そうだよ」
「君のことが大好きだからですね」
「またそういうこと言う! わ、私だって、好きだからね!」

 くすりと笑って、テツヤくんは私の手を握る。

「行きましょうか」
「――ん。行こっか」

 僕の彼女が今日も可愛い。

 テツヤくんがそう呟いて、握る手を強めた。


***


 境内は人が多かった。

 待ってる間はテツヤくんと本の話をして、バスケの話をして、あっという間に順番が回ってきた。

 お賽銭を入れて、お辞儀して、拍手して――。手を合わせて目を瞑り、心を込めて祈る。

 去年はとてもいい年でした。ありがとうございました。
 今年は――今年は、大切な人たちと一緒に、健やかに暮らせますように!
 テツヤくんとずっと、一緒にいられますように!

 お願い事を2つしてしまった。

 目を開けると、テツヤくんはまだお祈りしていた。
 まさか、本当に私の家に行けますようにとか、お祈りしてないよね?
 端正な横顔をしばらく眺めていれば、テツヤくんはお祈りを終えて私の方へ目を向けた。

「お待たせしました。おみくじ、引きますか?」
「うん」

 私とテツヤくんはおみくじがある場所へ移動した。あ、お守り売ってるんだ。私も買おうかな……。でも、今はおみくじ。

「あ、吉だ」
「僕は中吉でした」

 ちなみに恋愛運の欄には「次へ進め」と書いてあり、私は首を傾げた。次へ進めって、どこに? 常に「すてっぷあっぷ」は必要なのかな、恋愛って。

「テツヤくんは、何か気になるのあった?」
「失物のところですね。出るから探せと」
「なくした物、あるの?」
「買ったはずの文庫本が見つからないんですが、もう一度探してみます」

 おみくじをしっかり読んで、私たちはおみくじ掛けにおみくじを結んできた。

「テツヤくん、お守り買いたいから寄っていい?」
「もちろんです」

 社務所の前も人がたくさん並んでいた。
 何、買おうかな。
 と、あるお守りに釘付けになる。
 うん、あれにしよ。

 順番がきて、お守りを購入した。
 テツヤくんも何か買っているらしい。
 何のお守りにしたんだろ? 被ってたらどうしよう。あらかじめ言っておけば良かったかな。サプライズにしたいから黙ってたんだけど……。

さん、どうしました?」
「ん? ううん、何でもない。これからどうしようか?」
「この近くにカフェがあるので、そこに行きましょうか。新年でも営業しているんです」
「ん。座れるといいね」

 また手を繋いで、参道を歩く。

「ああ、そうだ。さん」

 何を思いついたのだろう。どうしたの、と訊く前に
テツヤくんが上着ののポケットに繋いだ手を入れた。

「ひぇ」
「こうすれば、もっと暖かいですね」
「うん、ほっぺた熱い」

 吐く息は白くて、繋いでない手は少し冷たいのに。テツヤくんと繋ぐ手と頬は熱い。

「テツヤくんが攻めてくる……」
「今年も覚悟してくださいね」
「します……。今年もよろしくね」
「はい」

 テツヤくんが微笑んだ。
 うん、私だけが知る、私にだけ向けてくれる笑顔だ。
 ああ。好きだな。
 胸が温かくなる。
 ずっと、一緒にいてほしい。

 サプライズじゃなくて。今。
 今、君に告げたい。

「あのね、テツヤくん」
「はい」
「お守り、さっき買ったでしょ。あれね、テツヤくんのために買ったんだ」

 私は、繋いだ手に力を込めた。

「勝守にしたの。私、応援してる。今年こそ、テツヤくんがインターハイに出場出来るように。その、願掛け」
「……僕も、」
「うん?」
「僕も、君のためにお守りを買ったんです」

 テツヤくんが買ったのは、私のためのお守りだったらしい。

「テツヤくん、自分用には買わなかったんだ?」
「そういうさんも、自分のために買わなかったんですね」

 お互いに顔を見合わせて笑った。

「好きです」
「私も好きだよ」

 お店に入ったら、お守りを交換しよう。

 今年もあなたの隣にいるつもりなので。
 よろしくね、テツヤくん。