ネタ帳から発掘した一期一振と審神者の話追記 弟との手合わせを終えた私は、玄関先からのにぎやかな声で、主殿が帰還を知った。お迎えに上がるため玄関へ向かえば、ちょうど彼女と遭遇した。「お帰りなさいませ、主殿。……失礼ですが、御髪が乱れております」 外出から帰ってきた我が主の髪は、酷くぐしゃぐしゃになっていた。外は風が強かったようだが、ここまでくれば芸術的だと感度すら覚える。「一期ただいまーって……本当!? やだっ、恥ずかしい」 彼女はすぐさま羞恥に頬を赤く染め、顔を手で覆ってしまった。なんとも可愛いらしい。「供の刀剣男士は、指摘なさらなかったのですか?」「うーん、実は本丸まで競争したの。早く誰が着けるかって。今剣と岩融とね。あの2人、手加減なしで走ったから、私が最後だったわけで……。ビリのまま本丸に到着したのよ」 そして、本丸に到着して真っ先に出会ったのが私だったようだ。なるほど。それならば、誰も指摘してはくれない。「僭越ながら、私が整えてもよろしいでしょうか」「いいの?」 私の提案がお気に召されたらしく、主殿は弾かれたように手を顔から退けた。「弟たちの髪を毎朝梳いておりますから、慣れたものです」「決まりね、お願いっ!」 すぐ様主殿の自室へ移動した。主殿は化粧台から、いつも使っている櫛を私へ差し出し、「一期、よろしくね」 後ろを向いて畳に正座した。「かしこまりました」 私はうなずき、彼女の後ろへ座った。意外に距離が近い。そういえば、と思う。主に触れるのは初めてのことかもしれないと。主殿は幼い容姿の刀剣男士と手を繋いだり軽く抱きしめ合ったりするのだが、彼女の年齢に近い容姿の刀剣男士とは、そのようなことをしない。恥ずかしいのだそうだ。 乱れた黒髪にそっと左手を添え、ゆっくりと櫛を入れる。「痛くはないですか?」「平気」 ゆっくりと、櫛を下へ滑らせていく。絡まりがあるので途中で引っかかった。優しく、赤子をあやすように、丁寧に髪を梳く。「一期、丁寧で上手いね」「お褒めいただき、ありがとうございます。弟たちにいつもしていることが、役に立つとは思いませんでしたな」「面倒見のいいお兄さんね」 そう言われると、とても胸が暖かくなる。胸に火がぽっと灯ったような気がする。主殿の言葉は、私をいつも元気づけてくれる。「あのね、」「何でしょうか」「うちって近侍ローテーションにしたじゃない?」「そうですね。皆、平等にと」「……うん。私が決めたことだけどね、私、いつも一期が近侍になる日が楽しみなんだよね」 思わず手が止まってしまった。主殿の顔は見えない。私の手で整えた黒髪だけが、目の前にある。「楽しみ、ですか……?」「うん。落ち着くんだよ。粟田口のお兄さんだからかな? いや、頼りになるからかな?」 くすくすと楽しそうに笑う。「私にお兄さんがいたら、一期みたいな人がいいなあって思う」 ――お兄さん。「主殿のような妹がいたら、私は……」 あなたが妹であったら、私は少しだけ、がっかりするだろう。 あなたは妹、というよりはむしろ……。「どうしたの?」「いえ、何も。楽しいと思います、主殿か妹であったら」 再び手を動かす。もう十分髪は元通りになったけれど、もう少し触れていたかった。 主殿に気付かれないよう、私は彼女の髪を指で掬って口づけた。「お慕いしております」 小声で呟いたそれに、彼女が気付くはずもなかった。 この気持ちは、きっと恋に似ているのだろう。畳む 小ネタやSS 2024/03/15(Fri)
弟との手合わせを終えた私は、玄関先からのにぎやかな声で、主殿が帰還を知った。お迎えに上がるため玄関へ向かえば、ちょうど彼女と遭遇した。
「お帰りなさいませ、主殿。……失礼ですが、御髪が乱れております」
外出から帰ってきた我が主の髪は、酷くぐしゃぐしゃになっていた。外は風が強かったようだが、ここまでくれば芸術的だと感度すら覚える。
「一期ただいまーって……本当!? やだっ、恥ずかしい」
彼女はすぐさま羞恥に頬を赤く染め、顔を手で覆ってしまった。なんとも可愛いらしい。
「供の刀剣男士は、指摘なさらなかったのですか?」
「うーん、実は本丸まで競争したの。早く誰が着けるかって。今剣と岩融とね。あの2人、手加減なしで走ったから、私が最後だったわけで……。ビリのまま本丸に到着したのよ」
そして、本丸に到着して真っ先に出会ったのが私だったようだ。なるほど。それならば、誰も指摘してはくれない。
「僭越ながら、私が整えてもよろしいでしょうか」
「いいの?」
私の提案がお気に召されたらしく、主殿は弾かれたように手を顔から退けた。
「弟たちの髪を毎朝梳いておりますから、慣れたものです」
「決まりね、お願いっ!」
すぐ様主殿の自室へ移動した。主殿は化粧台から、いつも使っている櫛を私へ差し出し、
「一期、よろしくね」
後ろを向いて畳に正座した。
「かしこまりました」
私はうなずき、彼女の後ろへ座った。意外に距離が近い。そういえば、と思う。主に触れるのは初めてのことかもしれないと。主殿は幼い容姿の刀剣男士と手を繋いだり軽く抱きしめ合ったりするのだが、彼女の年齢に近い容姿の刀剣男士とは、そのようなことをしない。恥ずかしいのだそうだ。
乱れた黒髪にそっと左手を添え、ゆっくりと櫛を入れる。
「痛くはないですか?」
「平気」
ゆっくりと、櫛を下へ滑らせていく。絡まりがあるので途中で引っかかった。優しく、赤子をあやすように、丁寧に髪を梳く。
「一期、丁寧で上手いね」
「お褒めいただき、ありがとうございます。弟たちにいつもしていることが、役に立つとは思いませんでしたな」
「面倒見のいいお兄さんね」
そう言われると、とても胸が暖かくなる。胸に火がぽっと灯ったような気がする。主殿の言葉は、私をいつも元気づけてくれる。
「あのね、」
「何でしょうか」
「うちって近侍ローテーションにしたじゃない?」
「そうですね。皆、平等にと」
「……うん。私が決めたことだけどね、私、いつも一期が近侍になる日が楽しみなんだよね」
思わず手が止まってしまった。主殿の顔は見えない。私の手で整えた黒髪だけが、目の前にある。
「楽しみ、ですか……?」
「うん。落ち着くんだよ。粟田口のお兄さんだからかな? いや、頼りになるからかな?」
くすくすと楽しそうに笑う。
「私にお兄さんがいたら、一期みたいな人がいいなあって思う」
――お兄さん。
「主殿のような妹がいたら、私は……」
あなたが妹であったら、私は少しだけ、がっかりするだろう。
あなたは妹、というよりはむしろ……。
「どうしたの?」
「いえ、何も。楽しいと思います、主殿か妹であったら」
再び手を動かす。もう十分髪は元通りになったけれど、もう少し触れていたかった。
主殿に気付かれないよう、私は彼女の髪を指で掬って口づけた。
「お慕いしております」
小声で呟いたそれに、彼女が気付くはずもなかった。
この気持ちは、きっと恋に似ているのだろう。
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