雑記

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とある男審神者の独白②

夢主の苗字が出てます。
あと、200年後の話はあくまで私の想像なので、完全フィクションだと割り切ってもらえると大変助かります。
#男審神者の独白

 そういえば、と律は思い出す。いじめっ子たちに推薦されてクラス委員長になったことを。朝のホームルームで、担任教師から放課後残るように頼まれたことを。

「その様子では、覚えていないようですね」

 顔に出ていたらしい。律は「ごめん」と謝罪した。女子生徒はさして気にしてないとばかりに首を振り、仮想ディスプレイを律に見せる。

「先生から指示がありました。掲示物を貼ってほしいのと、月末にあるレクリエーションの班決めだそうです」

 仮想ディスプレイには、女子生徒が話したような内容が、更に細かく連ねられていた。

(委員長が天職って感じだ)

 きびきびと要点を伝える彼女に、律は少し感心してしまった。適材適所の言葉がぴったりだ。

 クラス委員長は男女1人ずつである。男子はいじめっ子からの推薦で、律。女子は、目の前の女子生徒が立候補して決まった。押し付けられて引き受けた律と違い、彼女はやる気を持ってクラス委員長になったのだろう。

「あなたが忘れたのではないかとを想定し、ひとりでやろうかと考えていましたが……。ところで、千畳敷くん」
「え、あ、うん」

 無機質な声のわりに絹のように滑らかな喋り方だった。そのせいで、返事が遅れた。

「制服、どうされたんですか。汚れています。転んだのですか」
「! 転んだ、わけ、じゃ……ない……」

(そうだ、着替え!)

 思いがけない先客に驚いていたせいで、自分の格好のことはすっかり忘れていた。新しい制服に着替えて汚れを落とさなければ。

「んん……。では、転んだわけでもないのに汚れているのは何故ですか?」

 一刻も早く帰りたいのに、目の前の女子生徒は追及をやめない。嘘でもいいから「転んだ」と話を合わせておけば良かった、と後悔しても遅い。しどろもどろになりつつ上手い理由を考えてみるが、一向に思いつかない。
 あー、とか、うー、とか、赤ん坊の喃語のようなものをあげる律から目を逸らし、女子生徒は仮想ディスプレイを操作する。

「まあ、今重要なのはそれではありません。千畳敷くんが手伝ってくれるのか、それとも帰宅するのか、私に教えて下さいね。それによって予定が変わるので」
「えっ」

 それ以上は訊かないんだ!? ますます律は驚いた。ならば初めから訊かなければいいものを……。若干イラっとしつつも律は自分のロッカーへ行き、着替えを取り出し(替えの制服は無事だった)、その場で制服を脱ぎ始める。

(すっかり忘れてたよ、クラス委員長のこと。本当はサボりたいけど、サボったら何か言われそうだな)

 もしもあの女子生徒が、友達に「千畳敷くんは用事を忘れたサイテーな奴」だと話したら? 律の評価は下がり、いじめに拍車がかかるかもしれない。これ以上いじめられてなるものか。身体の暴力はもちろん辛いが、女子からの無視も精神に悪いのである。女子が内緒話をしている姿は少々トラウマだ。小学校時代は、しょっちゅう女子が律を見てはニヤニヤ笑いながら耳打ちしていたのだ。自分の悪口を言っているのではなかろうか、と疑心に駆られる。

 手伝うことを決意し、新たな制服に着替えた律は、女子生徒の目の前に立った。
 ――さて、名前は何だっただろうか。同じクラス委員長なので、さすがに苗字くらいは覚えていた。

「ひし、えーと……氷城ひしろさん?」
「はい」

 自信はなかったが、名前は合っていたようだ。仮想ディスプレイから顔を上げた女子生徒、もとい氷城は、やはり表情ひとつ変えずに律に注目した。

「僕もやるよ。クラス委員長、だし」
「ありがとうございます。では、早速始めましょうか。まずは掲示物です」
「あ、うん」

 やっぱり管理AIっぽいな、と律は思う。最近のアンドロイドだって、もう少し感情を露わにするというのに。この間、授業の一環で鑑賞した動画に出てくる、旧式のロボットのようだ。いかにも“機械”といったぎこちない動きをしており、音声案内にもおおよそ感情なんてものは感じられなかった。

(下手したら接客用アンドロイドの方がまだ感情豊かじゃないか?)

 そのくらい彼女は――何というか“冷たい”印象を受けた。


「ありがとうございます。2人だとすぐに終わりますね」
「そう?」

 律は内心照れつつ平然を装った。悲しいかな、褒められる機会が滅多にないのだ。

 クラスの掲示板にポスターを貼って、ひとつ目の仕事は終わった。仮想ディスプレイが普及してるとはいえ、未だに大事な書類は紙に印刷して保管されているのだった。よって、学校の掲示板もそのような“アナログ”仕様になっていた。
 ごく僅かになったとはいえ、未だに紙の本が廃れないようなものだろう、きっと。世間の声曰くアナログに味があるとかなんとか。レトロゲーム好きなマニアの特集も見かけたことがある。いついかなる時代でも古き文化や慣習に趣を感じる人間はいるのだ。

 掲示物を貼り終えた二人は机を寄せ合い、レクリエーションの班決めに取り掛かった。

「月末のレクリエーションって何やるんだっけ?」

 渡された資料を眺めながら、氷城は説明を始めた。

「確か、市内のキャンプ場へ行って、班で自然と触れ合うレクリエーションをして、カレーを作って食べて解散……みたいな流れですね」
「ふうん……」

(つまらなさそう)

 家でお菓子をつまみながらVRで世界の絶景百選でも眺めていた方がマシだ。

「目的は、普段話をしないクラスメイトたちと交流を持とう、だそうです」
「そう、なんだ。じゃあ、仲良い人同士で班決めてー、とか出来ないんだ?」
「その通りです」
「うわあ……。めんどい」

 本音を漏らす律。しかし氷城は眉ひとつすら動かさなかった。

「……交流を持ったところで、何になるというのでしょうね」
「え?」
「学校は友人を無理に作るところじゃ、ないと思うんです」

(何だ、いきなり)

 やっぱりこの女子、アンドロイドではないのだろうか。

(心まで冷たい的な)

 未知との遭遇だった。少なくとも、この時の律にとっては。畳む