雑記

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とある男審神者の独白③
#男審神者の独白
『お帰りなさいませ、律様』

 管理AIが律の帰宅を出迎える。「うん」と素っ気ない返事をして玄関からリビングへ向かう。

「テレビ点けて。あと、晩ご飯」
『かしこまりました。まずは手洗いうがいをお願い致します』
「あー、はいはい」

 両親はなかなか家に帰ってこないので、自然と話し相手はこの管理AIだけになる。学校では友人がいないので、喋る機会もあまりない。

(でも、今日は話せた)

 学校は無理に友人を作る場ではないと思う。

 そんなことを言ってのけた、ちょっと変わった少女ではあるが、会話らしい会話を久しぶりにしたように思う。

 あの後、氷城はこう続けた。

 私は友人を作ろうと思いません。学級委員長になってますからね、クラスメイトとの交流は大事だとは思いますが。

 学校というのは、家庭を除いて、自分以外の人間と交流出来る社会の場です。
 何も、社会というのは友人を作る場ではありません。仕事に限って言えば、同僚、上司、部下、取引先、友人の枠に収まりきらないも方々と知り合います。

 ですから、例えば、ですよ。あなたが独りを望むのなら、友人など無理に作らなくていいと思います。嫌いな人と無理に仲良くなってどうするのですか。仕事をする上で付き合うのなら仕方ないですが、ここは学校。そして、私たちは子ども。高校に行けばまた交友関係など変わってしまいます。どうせ3年間で交友がなくなる友人など、無理に作らなくてよろしいかと。

 ――途中からは面倒くさくなって、話半分に聞いていたが、まあ、こんなことを言っていたと思う。

 本当に同級生なのだろうか。そんな物言いだった。

(もしかして中二病ってやつじゃないのか。他と違う私、格好いい、みたいな……)

 とはいえ、だ。少し気持ちが楽になったような気もする。
 自分はいじめられっ子だ。友人はいない。

(昼休みを一緒に過ごせるような、体育の時間に一緒に組んでくれるような。そんな、友人が欲しいんだ)

 でも、

(……中学じゃ、もう無理だ。だけどさ。話し相手にはなってくれるような、友達未満知り合い以上くらいの人なら、僕にも出来るんじゃないだろうか……)

 あの学級委員長の氷城ならば、

(あの子なら、そんな人になってくれるかもしれない)

『お食事が出来ました』
「野菜いらない」
『こちらのサラダは1日に必要な野菜量の3分の2を摂取することが出来、』
「いらない」
『こちらのブロッコリーの産地は――』

 管理AIのような少女ではあるが、会話のキャッチボールは出来る。

 彼女は、律を蔑んだりはしなかった。

 クラスメイトとして、ごく普通に接してくれた。

(ちょっと話すくらいは、いいよな……?)

 晩ご飯を食べる律の胸には、ほんの少し明るい光が灯っていた。


***


「あのさ、」

 次の日の朝。律は早速氷城に話し掛けた。

「何でしょうか」

 読んでいた本を閉じて、彼女は律の目をしっかりと見る。所作は機械じみているのに、「あなたの話をちゃんと聞きますよ」という姿勢を取ってくれるので、律は少し泣きそうになった。

 怪訝な顔を氷城がするので、律は慌てて言葉を続ける。自ら話し掛けたのだ、ネタくらいある。

「あの、えーと、さ。昨日の話。レクリエーションの班決めなんだけどさ」
「はい」
「僕、声が小さいから、氷城さんが司会やってくれないかなって……」
「ええ、構いませんが」
「その代わり、書くのは任せてよ。縦にデカいからさ、高い所も余裕なんだ。あ、横にもデカいけど、……はは、は……」

 律は頭を掻いた。自虐ネタで笑いをとろうとしたが、

(そういえば、女子とまともに話したの初めてだ)

 思い出した途端、かぁーーっと頬が熱くなった。やっべ、滑った、恥ずかしい! 

 氷城は長い睫毛に縁取られた目をぱちくりさせていたが、

「確かに千畳敷くんは身体が大きいですよね。それだけ体格が良ければ、そうですね……スポーツをやったら良いと思います。有利になる競技は多いから」

 ごく普通に、律に接してくれた。

 それがどんなに救われたことか。
 きっと、この喜びは誰とも分かち合えない。
 後にも先にも、これが彼女を好きになったきっかけなのだろうと、律は――冷徹は、そう思うのだった。


 律はそれから氷城に積極的に話し掛けた。
 さすがに昼休みを一緒に過ごそうとは思わなかったが、体育の授業ではペアになれたし、宿題を教えてもらえたし、何より彼女といることで自分がいじめられっ子であることを少しの間だけ忘れられた。

 彼女の話は面白かった。

「円周率は面白いですよ。円周と円の直径には一定の関係があるのは知っていますか? 円周率とはその関係を表したものでして――」

「今は天体観測が好きです。星座を覚えて観察するのは楽しいですよ。私たちが見ている星座の光は、何100年も前のものだそうです。例えば、オリオン座ならば千畳敷くんも知ってますよね。あの星座にある赤い星『ベテルギウス』は地球から500光年も離れているんですよ――」

 主に数学や理科の分野の話が多かったが、授業よりも楽しかった。
 教えるのが好きなら教師になったらいいよ、と律は氷城を褒めた。だが、彼女は「将来は研究職がいいです。あ、でも研究出来るのなら大学の教授になるのもありなのかもしれません」と微笑んでいた。

(あ、この子笑えるんだ)

 ずっとアンドロイドみたいだとか、一昔前のロボットみたいだとか思っていたせいだろう。完璧な不意打ちだった。

(なんか、可愛い)

 がはは、と大口を開けて笑うわけでもない。くすくす、と口元を隠して笑うわけでもない。

 ただ、たおやかに。

 きちんと見ていなければ見過ごしてしまいそうな、そんな、些細な笑いではあったけれど、

(なんだ、そうだよな。人間だしな)

 律の心の奥が震えた。

(氷城さんの笑った顔、好きだな)

 誰にも見せたくないとは思ったものの、いじめられっ子の自分がそんな思いを抱くのは分不応相であるような気がした。畳む